1st Stage:Scene 3

パ界での数え方


 マカイ老師が含みを持たせて会話と閉じた「1の次……」とは、いったい何のことなのであろうか?
 だが、これは特に難しく考えることはない。1の次は、いつだって2に決まっているのだから。ただ、その根拠を明確に意識しているかどうかが問題なのだ。

 われわれが日常使っている数字は、0から9までは1桁で表し、次に桁が上がって10になる。当たり前のように感じるかもしれないが、これは記数法が暗黙の了解で10進法になっているから成立しているに過ぎない。

記数法


 数を数字で表す方法。10進法、12進法、60進法……などが、よく使われるものとして知られている。
 例えば、机の上に10個のリンゴがあるといえば、それは10進法で示された10個のことであって、誰も「これは20進法での10個(←10進法では20個)だナ!」などと考えたりはしないだろう。
 そんな自由勝手な発想がはびこれば、社会生活は根底から混乱してしまう。文明の基本は、何といっても10進法という記数法なのである。

「そんな当り前のことをクドクドと聞かされても……ブツブツ」
「では問うが、なぜそれが当り前だと思うのじゃ。何進法で示そうが、その絶対的な数量に変わりはないのじゃゾ!」
「そりゃ、確かに10進法で表現しなくても、机の上にあるリンゴそのものは増えもしなければ減りもしないッス。だけど……」
「なぜ10進法が暗黙の了解として認められているのはわからんというんじゃろ」
「くやしいけど、そのとおりッス!」

 この理由は、実に簡単明瞭である。それは、人間の手の指が左右合計で10本だからなのだ。それ以上の根拠は、どこを探しても見当たらない。
 数学的には、片手の指の本数に相当する"5"は、あえて選出するに値しない平凡な1素数である。

素数


 1とその数以外には約数を持たない整数。例えば、2,3,5,7,11,13,17……など。
 ディズニーアニメを始めとして、動物アニメのヒーローたちは、なぜか4本指に描かれることが多い。だが、彼らが指を折って何かを数えるシーンはあまり記憶にない。
 ましてや、指を使っての算数教室などイメージすることすらできない。ためしに4本の指だけを使って、1から10まで数えてみるとよい。おそらく、10進法が少しも理に叶ったものでないことがわかるだろう。
 とはいえ、このほぼ万国共通の記数法を勝手に変えるわけにもいかないから、例えば鉛筆を数えるダース(12進法)にしても、表記上は10進法に基づいて矛を納めている。本来ならば、9本の次は10本、11本ではなく1桁で表してこそ真の12進法なのである。
 それをしないから「45本は何ダースと何本でしょうか?」などという余計な算数の問題が生じるのだ。記数法は、決して算数のためにあるのではないのに……。

 こんな予備知識を前提に、デジタルの基本である≪1/0≫について、記数法の観点から考えてみよう。
 0から9まで使うのが10進法、0から8までなら9進法……と、使う数字を減らしていく。0だけでは数えられないから、最小の記数法は0と1の2進法となる。
 これは、まさしく電圧の高低で実現した≪1と0≫の世界そのもの。すなわち、デジタルの世界のことである。
 この≪1と0≫で示された桁のことをビット(Bit:Binary Digit=2進の数字)という。8桁なら8ビット、16桁なら16ビット……という具合だ。
 各桁ごとに区別のための名称があり、1桁目のビット0から順に並んでいる。8ビットの2進数の場合、図1-3.1のようになっている。

 図に示されているように、8ビットをまとめて1バイトという。コンピュータにおける最小単位であるビットと、その次の単位であるバイトとの関係は、この先へ進むための必須事項。心して覚えておかねばならない。

 ということで、再び10進法がしゃしゃり出てくる。使い慣れていない2進法を理解するためには、やはり使い慣れた10進法に換算するのが手っ取り早いからだ。そこで、1バイトのうちの下位4ビットについて、10進法と比較をしてみよう。

 ここでわかることは、2進法で4桁も使っているのに、10進法ではわずか0ら15までにしかならないということ。
 そして、2進法と10進法では「数字的な相性がよくない!」ということにも気づいただろうか。

「2進法の桁数が多いのは見ればわかるけど、10進法との数学的な相性というのは、いったいどういうことッスか?」
「ここでいう数学的な相性というのは、双方ともに区切りよく桁上がりがあるかどうかということじゃ。10進法で最初に桁の上がる10は、2進法ではどうなっておる?」
「エ〜ッと、図によると2進法では1010スね。確かに、トータル桁数の増える場所ではないッス」
「それじゃよ。それが数学的な相性がよくないという意味なんじゃ!」

 2進法というのは、数え方として最小の記数法であるという点において、絶対的な存在価値がある。
 10進法が数学的に理に叶った存在であるならば、この2進法と相性がよくて然るべきなのだが、残念ながらそうではないことが判明してしまった。やはり、10進法と相性がよいのは手の指だけのようである。
 となると、2進法と相性のよい記数法とは何進法なのだろうか? 10進法でスッキリする数字とは、10→100→1000と総桁数の増える桁上がりがあったとき。同様に、2進法のそういうときに連動する記数法が好相性ということになる。
 成康は、図1-3.2から2進法で「桁数の増える桁上がり」があるところを見た。その結果、次のような推論を立てた。

「最初の0010(10進法で2)は、2進法そのものだから除外しなければならない。そうすると、0100(10進法で4)か、1000(10進法で8)ということになる」
「フムフム、それで……?」
「2進法と相性がいいのは、4進法か8進法なんじゃない?」
「フォ〜ッ、フォッフォッフォッ……」

 マカイ老師は、何度もうなずきながらニッコリと微笑んでいた。読者のみなさんの推理はどうだろうか。そして、なぜこんなことを考えなければならないのだろうか?
 さらには、図1-3.2に示されているのは1バイトの半分(4ビット)であり、重要単位である1バイトは倍の8ビットだった。こんなことも考慮しながら、次へ進む前に成康になったつもりで、2進法と好相性の記数法を探し求めてもらいたい……。


COFFEE BREAK:ダースとグロス

 本文のほうでは、あえて解答まで示さなかったが、例の「45本の鉛筆は何ダースと何本か?」という算数レベルの問題。単純に12で割り算をすればいいので、たやすく「3ダースと9本」という正答を導き出せるだろう。
 このようにダースは12進法の見本としてよく取り上げられるが、12ダースになると1グロスと呼ばれる。つまり、12×12=144本が1グロスというわけだ。
 それでは、改めて「333本は何グロス何ダースと何本か?」などと問うのは、場違いな愚問である。
 そもそも、質問の内容が本書と無関係な上に、互いに電卓片手に答を求める不毛な時間を費やさなければならない。おっと、電卓片手は暗算に弱い筆者だけかもしれないが、いずれにしても正答へ向かう必然性が感じられないのは事実。
 となると、無意味なテーマを持ち出して、イタズラに文章で遊んでいるみたいだが、愚問にもそれなりの存在意義はある。
 それは、10進法の世界から脱却せずに12進法の世界を築くことが、いかに不自然で面倒なことか、それを反面教師になって教えてくれることだ。
 もしも1ダースが10本(つまり10進法のまま)なら、冒頭の算数の問題に発展することなどなかったはず。結局のところ、本格的に12進法を使うだけの根拠に乏しいから、常に10進法との換算が問われているのである。