1st Stage:Scene 2

最小単位のある世界


 自然界に存在するものは基本的にアナログだが、われわれ人間はそれほど几帳面に対応しているわけではない。というより、そんなことは現実的に不可能なのだ。
 例えば、時間にしても長さにしても、それぞれに臨機応変の最小単位というものがあり、状況に応じて四捨五入、切り上げ、切り捨てという行為を行っている。決して無段階のものを無段階に読み取っているわけではない。
 つまり、アナログのものを人間の感覚で適当にデジタル化しているのだ。ただ最小単位が不確定なので、デジタル階段のようなステップに相当するものがない。

「いったい、どういうことを説明したいの? 何か、わかりやすい例え話とか考えられないッスか!」
「そういや、おまえはプロレスが好きじゃったな。あのフォールするときのカウントを思い出すとよかろう」
「それが、どうしたの?」
「かつては、ワン、ツー、スリーしか数えなかったが、いまでは2.5で返したとか、カウント2.95……というように、最小単位が変化しているじゃろ」
「確かに、レフェリングの技術も進歩したから、マットを叩くギリギリで止めるケースも少なくないッスね。実況アナウンサーによっては、カウント2.99998なんて叫ぶこともあるくらいだよ」
「つまり、マットを叩くという連続したアナログ動作の回数を、実況アナウンサーが自前の感性でデジタル化しているわけじゃな。それがどこまで正確かはともかく、この最小単位のないアナログの世界に、われわれは生きているということじゃ」

 コンピュータとて、元をたどれば人間の手による自然界からの造形物である。最初からデジタルの世界に誕生したわけではない。
 では、なぜコンピュータはデジタルの範疇に含まれるのかというと、アナログのものを、一定のルールに基づいてデジタル化していることにある。つまり、最小単位がハッキリしているということなのだ。
 ここで、改めて例のデジタル階段(図1-1.2)を思い出してもらいたい。デジタル階段では、階段の1段が高さを示す最小単位となっていたが、もしこれが身長不定の大巨人用に設計されていて、全部で1段しかなかったらどうだろう。

 高さの判断は、単純明瞭で段が≪アルかナイ≫で決定される。実は、これがデジタルの原点でありすべてなのだ。
 実際には日本語の≪アルかナイ≫ではなく、数学的に≪1か0≫という処理をしているが、これは現在のコンピュータのベースとなる理念である。それゆえに、コンピュータはデジタルの旗手として広く認知されているのだ。

 あえて語るまでもなく、コンピュータは電気で動く。当然、電気によって≪1か0≫の判定がなされることになる。
 しかし、電気そのものは電圧にしても電流にしても無段階に変化するアナログ的な存在だ。そこで、初期のコンピュータでは電流をオン/オフすることにより≪1/0≫の判別をしていたのである。

 実際にはリレースイッチでオン/オフを決定しており、このように電球を灯して認識したわけではないが、ここで重要なのはアナログの電気でデジタルの世界を構築したという考え方。こういう最初の一歩があったからこそ、その後の飛躍的な進歩と成長があったのである。

リレースイッチ


 電磁石によって、電気の接点を開閉する回路。電流が流れると、電磁石の働きで接点の回路がオンとなり、電流が遮断されるとオフとなる。
 ただし、現在では電流のオン/オフではなく、電圧の高低(ハイ/ロー)によって≪1/0≫を区別している。
 そうなった最大の理由は、電流を完全に遮断(オフ)してしまうと再び流れ出すのに時間がかかり、高速化を目指す上で大きな障害となるからだ。参考までに、動作電圧5Vの場合の判定基準を見てみよう。

 ここでのポイントは、無判定の緩衝地帯(約1.8V〜3.2V)があるということ。これによって電圧変化(1⇔0の変化)があった場合の判定には、無判定エリアを通過する分だけ待ち時間(ウェイト)がかかる。
 しかし、この無判定エリアがあるお陰で、電圧に多少の不安定な揺れがあっても、誤審を避けることができるのだ。
 大巨人の例でいうと、段に乗ろうとしているのか、降りようとしているのか、どちらかハッキリするまでは判定を控える……というわけである。

「コンピュータが電圧の高低で≪1/0≫を区別していることは納得できたよ。それがデジタル処理の根幹であることもね。でも、最小単位が≪1か0≫ということは、小数点以下の表現(0.1とか0.01)はできないということなの?」
「こういう質問が出ると次へ進みやすいのォ。だが、これはあくまでも白黒決着。判定基準としての≪1か0≫という意味じゃ」
「つまりは、どういうこと?」
「つまりはじゃ、数えるための最小単位が0.1なら、それが≪アルかナイ≫だから、あれば0.1だし、なければ0ということになる。早い話、数値としての最小単位は、扱う側の設定次第でどうにでもなるんじゃヨ」
「そうか、ここでの≪1か0≫というのは最小単位が≪アルかナイ≫かなんだね!」
「そのとおりじゃ。しかし、こういう展開になってくると、イヤでも1の次へ進まねばならぬのォ」

 コンピュータがデジタルである所以は、アナログに属する電気信号を、一定の明確な基準によって2種類の情報≪1/0≫にしたことにある。しかし、これだけでは最小単位の有無しか表現することはできない。そこで……。


COFFEE BREAK:下がる動作電圧

 パソコンが生鮮食料品といわれるようになって久しいが、その根拠の1つに目まぐるしいほどの高速化がある。
 つい先日まで最高速ともてはやされたものが、アッという間に旧型となり、ついには最新ソフトに見放されてしまう……という図式である。
 その是非はともかく、高速化にはいろいろな手法が複合的に採用されている。例えば、ここで説明した動作電圧を下げるのもその1つである。
 低電圧化というと、いかにも省エネルギーのためのように思えるが、目的はそれだけではない。この≪1/0≫の判定幅が狭まることによって、より高速に動かすことができるようになるのだ。
 もちろん、低電圧になれば電気信号に対するノイズの影響も無視できないし、無判定エリアが小さくなることによって安定性が損なわれることも考慮しなければならない。そのため、無制限に電圧を下げられるわけではないが、とりあえず現在では1V台にまで下がっている。
 こういう目に見えない部分での技術革新も、パソコンの価格を決定する大きな要因だ。本当の技術とは、表面的な機能の裏側に潜んでいるのである。