◆ベ界からマ界へ

ヒンズースクワットを黙々とやっているレスラーを見ると、その人間離れしたスタミナもさることながら、同じことを飽きずに繰り返す精神力にまず驚いてしまう。何かに飽きないということは、そこに類まれな才能があるからだろう。だが、才能だけでは努力した凡人にかなわない。そこから先、どこまで才能を引き伸ばせるか、そこに成功の秘訣があるのだ。あの天才打者・長島も、倒れるほどバットの素振りをやったという。才能を開花させるのも簡単ではないのである。それでも、才能と努力が一致したならまだいい。好きでもないのに努力だけを求められ、結果はそこそこの人生というのが大半なのだから……。才能発見装置でもあれば、世の中もっと平等になるのにネ。

実は、そんなリトマス試験紙がないわけじゃない。例えば、マ界……。『はじめてのマシン語』を読めば、マ界への適性が即座にわかる。読んだ後に、さらにマ界の奥へ進みたいか、それともすでに興味の限界か、それを自分自身で診断することができるのだ。もっとも、マ界の才能はヤル気……だけ。実在の勇者・佐々木武蔵が身をもってそれを証明している。

武蔵がマ界へ入ったころは、ラッキーなことにプロテクトのかけてないゲームが数多くあった。主流はテープ版だし、オンメモリでのゲームが当たり前。しかも、BASICプログラムをロードしてからマシン語プログラムをロードするというのだから、まるで生きた教材ではないか。武蔵は、まずテープ版のものをディスクにセーブすることにした。こうすれば、毎回テープのピーガー音を聞かなくて済む。最近では、テープロードの音を聞く機会などゼロに等しいが、ディスク・アクセスの高速化まで要求されるとは、実に人間の欲望には終わりというものがないらしい……。

プログラムをロードしたら、次はマシン語のエントリ・アドレスだ。何もわからずにデータエリアを解析するような愚挙はもうしない。いくら武蔵が知的労働者タイプじゃないといっても、常識程度の知恵はある。ベ界(BASIC)からマ界(マシン語)へ入るにはどうするか、マニュアルを見れば簡単なことだ。こうして、武蔵は無事マ界へ入ることに成功した。ニモニックの内容はともかく、すでにその存在と元になる英単語は通勤電車の中で覚えている。これからは、いよいよ本格的なマ界放浪の旅のスタートだ。どんな強敵(テクニック)が待ち構えているのか、武蔵は思わず武者震いをしてしまった。

とりあえず、存在位置が不明にならないようマ界をプリントアウトしておこう。モニタのLコマンドを使って、リストを打ち出しておけば迷子になることはない。武蔵はニモニックの1つひとつを追いかけながら、テクニックという未知の敵を倒すことにした。大きなプログラムは、まず実行して全体の内容を確認し、リストの横にコメントを書いていく。サブルーチンがあれば、それをリストの上にどんどん重ねて貼ってしまうのだ。リストが山のように膨らんだころ、大きなルーチンの全体の構造が明らかになった。つまり、プログラムの部分解析が完了したのだ。

だが……。武蔵の闘魂は、それだけで解析の完了とはしなかったのである。


※ 時は流れて……

おそらく、コンピュータのプログラムがカセットテープからロードされることを知っている人は、現在ではかなり少数派であろう。当時は、購入したゲームがピーガーとうなりながらロードされるまでの数分間、マニュアルを読んだりしてこれから始まるゲームへ思いを巡らしたものである。
もちろん、ゲームに限らずソフトは単独でしか動かない。複数のソフトがウィンドウを持って同時に動く時代が来るとは、いったい誰が想像し得たであろうか。この変化の激しさは、汽車ポッポの旅が「どこでもドア」になったくらい大きい。