●忍法『ナナフシ』……

 このタイトルから、横山光輝作『伊賀の影丸:第三部…闇一族の巻』を連想できる方は、現在ではかなりの忍者漫画マニアということになるだろう。しかし、いわゆる団塊の世代周辺のオジさんたちにとっては、それこそ一時代を築いた忘れれえぬ作品として強く脳裏に焼きついているのだ。
 おっと、これから忍者漫画の思い出話をしようというのではない。実は、昆虫採集が趣味だった筆者も知らない珍しい虫のことを、この作品が教えてくれた……というわけ。それが、この『伊賀の影丸:第三部』に登場する村雨兄弟の三男・霧丸が得意とした忍法『ナナフシ』なのである。

 忍法『ナナフシ』とは、霧丸が背景と同化するように消える術のことだが、その術の正体を敵の忍者かげろうが倒される直前に見破り、地面に「霧丸ななふし」と書き残す。この文字に秘められたナゾは、本編のストーリー以上に読者の興味をそそるものがあった。
 そして、こんな昆虫好きの筆者(中学生当時)でさえ知らないナナフシのナゾを、部下の前で解いて見せたのが敵の首領である蓮台寺。初めて知ったナナフシの生態にも驚いたが、それ以上に作者・横山光輝氏の教養と忍法に結びつけた想像力に感心したのであった。

 こうなると、実物の「ナナフシ」を見たくなるのは必然の流れだが、百科事典の写真と昆虫博物館で見た標本(フィリピン産)が素人探索の限界。生きている姿を目にすることは、とうてい有り得ないことだと思っていた。
 果たして、今でも日本にいるのだろうか。もしかすると、発見できなかったのは本家本元の忍法『ナナフシ』で身を隠していたからなのかも???
 そんな長年の不思議に、なんと昨年(2005年)出会えたのだから人生わからない。場所は、実家のある栃木県の田舎。いつものように雑草の生い茂る空地で野良仕事(草刈り)をしていると、目の前に12cmほどのナナフシがいたのだ。オオ〜ッ!
 薄茶色の雄姿は、まるで小枝のようにジッとしていた。どのように擬態を見せてくれるのか、早速コンクリート製の電柱につかまらせてみた。灰色になることを期待しながら……。
 だが、10分以上待ってもナナフシの色に変化はなかった。この目で、本物の忍法『ナナフシ』を見られなかったのは残念だったが、右足を失っていた哀れなナナフシを捕らえる気にもならず、そのまま逃がすことにした。そして、今年(2006年)の夏。今度は、まだ成虫になっていない子供のナナフシに出会ったのだ。こちらのほうは、草の上にいたためか明るい緑色をしていた。
 このときも忍法『ナナフシ』を見せてもらえなかったが、なぜか無性にうれしかった。幻の昆虫だったナナフシが、わが敷地内に偶然ではなく生息しているとわかったからだ。惜しむらくは、二度とも写真を撮っておかなかったこと。これが悔やまれてならない。次回出会うことがあったら、今度はシッカリと撮影をして、ここで紹介することをお約束しておこう。


[続報]
 2008年5月。前回見たものより、さらに小さな赤ちゃんナナフシと出会ったのだ。写真では大きく見えるが、全長はおよそ3cmほど。うれしかったなァ…。今ごろは、無事に育って忍法『ナナフシ』を昆虫仲間に披露しているだろうか?