新日本プログラミングとは、ソフトハウスに牛耳られてしまったゲーム制作の楽しさや喜びを、一般ユーザーの手に取り戻すために活動している個人の総称である。早い話が、いわゆる株式会社というような営利企業ではない。
しかし、それをもって内容を評価するのは愚の骨頂である。現代社会において、会社という集団組織がもたらした繁栄と、その裏側で行われている「会社のため」という反社会的な行為は、誰がどう考えても矛盾している。もしも、これを必要悪というならば、会社組織とは何と汚れた存在なのだろう。
しかるに、会社という不純な組織に縛られていては、純粋に正義を貫くことはできない。例えば、他人のゴシップや失策には傍若無人にマイクを向けて正義感ぶるマスコミ各社も、こと自分の会社が標的となるや顔を隠して逃げ回ったり、一転して開き直りの姿勢を見せたりする。組織防衛とは実に見苦しいものだ。こんなジキルとハイドみたいな態度は、個人レベルではとてもできることではない。
すなわち、新日本プログラミングは組織化された営利企業ではないからこそ、存在価値がある……ということ。だから、間違っても新日プロに就職しようなどと考えてはいけないのであ〜る。