2nd Stage:Scene 2

エネルギー小屋の秘密


 スマイル・アユミンの緊急メールにより、とりあえず半導体の原料であるシリコンに理解を示すことができた成康。調子に乗って、この一本道を勝手にシリコンロードと名づけることにした。
 そのシリコンロードを、できるだけ踏みつけないようにと、ピョンピョン弾むように先へ急いだところ、真正面にサイコロみたいな四角い小屋が現れた。見るからにナゾめいた小屋だが、コトの展開からして挨拶もせずに通り過ぎるわけにはいくまい。

「こんちは。お邪魔しま〜ッス」
「…………」
「誰かいないんスか〜ッ?」
「…………」
「もっしも〜っし、おっ頼もう〜す!」
「…………」

 シ〜ンと静まり返ったまま、小屋からの反応はない。ただ、天井付近の通風孔のような小窓から、異様な熱風が吹き出している。
 いったい、中で何をやっているんだ? まさか、恐ろしい毒ガスの研究でもしているのでは……!?
 とにかく、こんな不気味なところは早々に立ち去りたい。成康は、一気に駆け抜けるつもりで引き戸に手をかけた。だが、引き戸にはカギがかかっているらしく、何度トライしてもビクともしなかった。
 どうしようかとウロたえていると、小屋の横の木陰から小柄なオバさんが現れた。昭和を感じさせる割烹着姿で、頭には手ぬぐいをかぶり、手にはホウキを持っている。

「誰だい、お兄ちゃんは? こんなところで不用意に騒いだら、ノイズの元凶になるじゃないの!」
「ア、すいません。こ、この小屋は何ですか、いったい?」
「そこに、ちゃんと『電源ユニット』って書いてあるでしょ。ここは、電気を交流から直流に変えるところだワよ。コンピュータは直流じゃないと動かないからねェ」

 電気には交流(AC:Alternating Current)直流(DC:Direct Current)があり、一般家庭用の電源は交流だ。
 交流とは、電流または電圧の流れる方向と大きさが、時間とともに変化していく電気エネルギーのことをいう。これに対し、直流は電流または電圧の時間的な変化がなく常に一定している。

 いちおう、その程度のことは成康もわかっているつもりだった。だが、このオバさんは間髪を入れずに説明を続けた。まるで、それがオバさんに課せられた重要な任務であるかのように……。

 電気エネルギーは、よくホースを流れる水に例えられる。つまり、水を流し出すための圧力(=水圧)が電圧で、流れる水の量が電流というわけだ。
 そして、水が高いほうから低いほうへ向かって流れるように、電流はプラス(+)からマイナス(−)の方向へと流れる。

 ただし、これは直流についての例え話。電圧や電流が時間で変化する交流は、このような固定状態では説明がつかない。ホースの水でいうなら、一方向に向かって流れ続けるのではなく、行ったり来たりを繰り返しているのだ。
 では、どのようにすればホースの中の水が行ったり来たりするかといえば、答えはいたって簡単。ホースをグルグル回転させればよいのだ。

 これによって極性はプラス(+)になったりマイナス(−)になったり周期的に変化をする。だから、基本的にプラス/マイナスを意識する必要がない。家庭用の電源コンセントで、プラグの向きを気にしないで使えるのはそのためだ。

極性


 1つの方向の両端に現れる相反する性質のこと。電気のプラスとマイナス。磁石のS極とN極などがある。
 図2-2.3におけるホースでいうと、両端の丸い部分の性質(+/−)をいう。
 しかし、直流ではこうはいかない。プラス/マイナスを間違うことは、場合によっては機器の破損や火災など、大問題に発展する危険性をはらんでいる。それゆえに、電池を利用する製品には、必ずセットする向きが書いてある。
 ところで、コンピュータは電圧の高低で≪1/0≫を判定して動いていることは、すでに脳裏に焼き付いているだろう。このことは、交流のように電圧が目まぐるしく変化したのでは、この原理が根底から崩れてしまうことを意味する。
 すなわち、コンピュータにとっては直流が必須ということになるのだが、直流の代表である電池だけでは長時間の使用に耐えられない。
 そこで、安定供給されている交流電源を、最適な直流に変換して使っているのが、現在のコンピュータの実態である。そして、これこそが電源ユニットが受け持つ主たる役目なのである。
 これはパソコンに限ったことではなく、エレクトロニクス製品全般について共通した電源供給法となっている。
 製品内部にスペースが確保できる場合は、そのまま電源ユニットを組み入れられるので目立たないが、そうでない場合は外部のAC-DCコンバータ(ACアダプタ)を経由することになり、否が応でも目につくはずだ。

 ユーザー側にとって、ACアダプタは面倒で邪魔な存在でしかない。しかし、その裏には直流を必要とする避けがたい事情があったわけである。

「どうォ、電気について少しは理解が深まったかしら。電源ユニット周辺は、冷却ファンの影響もあってゴミやホコリが多いから、こまめに掃除をしたほうがいいんだワさ」
「オバさん、見かけによらず詳しいねェ。見直しちゃったヨ!」
「門前の小僧、何とやら……ってやつだよ。長年、ここで掃除をしてりゃ、このくらいのことはわかって当然だワさ」
「そういえば、交流って電圧や電流がプラスになったりマイナスになったり変化するんでしょ。それなのに、どうしてAC100Vとかって断定できるの?」
「おや、面白いことを聞くじゃない。パ界とは直接関係ないけど、聞かれた以上は本気で教えてあげちゃうワよ!」

 図2-1.1にあるように、サインカーブを描いている交流電圧(電流)は、変化中の一点しか示すことができない。もちろん、単純平均したのではプラス部分とマイナス部分が相殺されてゼロになってしまう。
 そこで、すべてを二乗してプラスにしてから平均値を求め、その平方根をもって実効値としているのだ。交流における電圧(電流)といえば、このようにして算出された実効電圧(実効電流)を指し示す。
 歪みのないきれいなサインカーブの場合、実効値は最大値を√2で割った値となる。実効値を基準にすると、最大値(=振幅)は約1.41倍ということだ。
 例えば、実効電圧=100Vであれば最大値はおよそ141V。つまり、−141V〜+141Vの間を行き来する交流電圧を意味する。当然のことながら、これが直流100Vと同じ仕事量をこなす交流電圧である。
 ちなみに、ここでの計算(実効値=最大値÷√2)の根拠は、前提が「歪みのないきれいなサインカーブ」になっていることにある。この場合、わざわざ二乗した平均値の平方根など求める必要はなく、単純にサインカーブのマイナス部分を反転して平均値を出せばよいのだ。

 これは、実際にはサインカーブの山半分の平均値と同じ。したがって、三角関数で表すとSin0°〜Sin90°の平均値、すなわちSin45°の高さが実効値になる。

「どうしたのサ、けげんそうな顔をして。いいんだよ、こんな面倒な理屈、わかんなくたって。大切なのは、パ界が直流でしか動かない……ってことなんだからサ」
「イ、イェ、必ず近いうちに理解できるようになってみせるッス!」
「そうそう、その意気だワよ! おいで、小屋の向こう側に連れてってあげるから」

 このオバさん、絶対にただ者じゃない……。腰にぶら下げたカギで、引き戸を開けて小屋を通り抜けさせてくれたとき、成康はそう直感した。
 しかも、成康が小屋の反対側に出たとたん、意外なほどアッサリと内側からカギをかけて戻って行ってしまったのだ。あまりにすばやく、正体を確かめるチャンスもタイミングもなかった。
 もしかすると、本当に掃除の途中で忙しかったのかもしれない。成康は、ちょっぴり首をかしげながら小屋(電源ユニット)を後にした。


COFFEE BREAK:日本の周波数

 蛇足となるかもしれないが、1秒間に生じる周波数の単位はヘルツ(Hz)で表される。そして、交流電源の周波数は、静岡県の富士川から新潟県の糸魚川を境にして、東日本は50Hz、西日本は60Hzとなっている。
 日本で電気事業が開始されたのは、明治時代の中ごろのこと。そのとき、東京電燈(現・東京電力)はドイツから50Hzの交流発電機を、そして大阪電燈(現・関西電力)はアメリカから60Hzの交流発電機を購入したのがキッカケだという。
 世界的に見ると、ヨーロッパ系の50Hzとアメリカ系の60Hzが中心だが、狭い日本で分割する必然性はまったくない。実際、いろいろな面で不都合なことのほうが多いだけだ。
 とはいえ、今さらどちらかに統一するほどの合理性もない。すでに、大半の家電品は両周波数に対応するように作られているし、電車もとっくの昔に周波数対策が講じられている。それに、直流が必須のエレクトロニクス分野においては、どちらにしても交流電源のままでは使えない。
 歴史的には、2度ほど統一の機運があったというが、おそらく今後はそういう機運すらも起きないだろう。電力不足の際には、互いに融通し合うのに苦慮したようだが、とりあえずはソッとしておくほうが無難……ということかもしれない。現状認識としては、両雄が並び立って「丸く収まっている」のである。