☆ ド辛抱のムムムッ! ≪初出『ポプコム』'91.8月号≫

 辛抱したり我慢をするということは、その先の楽しみを増長させる効果がある。走った後の爽快感などはその典型だ。
 田江忍(たえ・しのぶ)は、すでに30歳を過ぎ世間的には立派な中年。しかし、若いときから走るのが好きで、それなりに根性もあり負けず嫌いだった。
 大晦日も近いある年の冬、彼は実家と本家の間(約30km)を走破する決意をした。名づけて、第1回烏山〜宇都宮マラソン。途中、2つの山を越えるたった一人の過酷なレースだ。
 10kmを過ぎ、20kmまでは快調で2時間を切れそうなペース……。水がほしいが、我慢をすればゴールしたときの味は倍加するはず。そう信じてグッと耐える。ところが、20kmを過ぎたころから硬いアスファルトの衝撃のせいか、両足のヒザに激痛が走り始めた。
 それでも、持ち前の根性で耐えに耐えて完走。汗は乾いて塩となり、ヒザはガクガクと限界であることを物語っている。さらに、ものすごい頭痛に襲われ、水分補給を楽しむどころではなくなっていた。頭痛の特効薬『バファリン』を飲んでも全然効かず、結局2日間も寝込んでしまったのであった。
 その原因もわからないまま、ただ「クソッ、ヒザの痛みさえなければ……」という理由で、翌年に再びチャレンジ。名づけて第2回烏山〜宇都宮マラソン。
 だが、今年は快調……と思ったのもつかの間だった。前年とまったく同じパターンでのゴールで、タイムも僅か数分短縮しただけ。おまけに、またしても両ヒザの激しい痛みと頭痛で2日間のダウンを余儀なくされたのであった。
 以来、結果に楽しみがなくなったので中止としたが、しばらくして頭痛の原因が判明した。楽しみの先送りで水分をまったく補給しなかったため、血液の濃度が高くなり危険な状態に陥っていたのだ。
 忍耐、我慢、根性……。科学的な根拠がない耐えるだけの辛抱は、耐えに耐えた後に本当の苦しみが待っている……ガ〜ン!!


≪時は流れて……2006年1月≫
 今にして思えば、この程度のこと……もっと早く気づくべきだった。そうすれば、ヒザの痛みはともかく、危険な頭痛を避けることができたのにと悔やまれる。
 思うに、人生というのは「気づき遅れ」の連続なのかもしれない。武蔵が剣の極意を悟ったのも、日本人が浮世絵の価値に気づいたのも、バブルがはじけるということを知ったのも、テーマは違えど「遅ればせながら」が定冠詞。
 すべてを学校で学ぶことが不可能である以上、人生死ぬまで勉強という言葉が妙に重みを増して聞こえてくる。でも、せめて普遍的なことに関してくらいは、もうちょっと賢くなりたいネッ!