☆ 先読みのムムムッ! ≪初出『ポプコム』'91.5月号≫

 鉛筆と消しゴムはどちらが先に作られたか……という誰にでもわかりそうな問題を、子供向けの教育番組でやっていた。
 小学3年生の先尾予見夫(さきお・よみお)は、そばにいた母親に得意げに「消しゴムだよね!」と言った。
 母親は「バカだねェ、3年生にもなって……」と嘆いたが、そこにはスタンダードな思考回路を求める母親の、イヤ現代日本社会の縮図があった。確かに、常識的に考えれば鉛筆が正解だろう。番組の中でもそうだった。
 だが、予見夫は「答えが鉛筆では、問題としてあまりにも平凡だ。こんな質問をするからには、それなりの裏があるに違いない!」と考えたのだ。
 しかし、この番組では小学3年生にそこまでの心理は求めていなかった。見事に読みがハズれた予見夫は、素直な解釈をするよう母親に言われた。付和雷同型の人間が好まれる日本では、それが正解なのかもしれない。
 ……が、鉛筆が発明されたとされる14世紀以前に、木炭で書かれたものをゴムで消した事実がないという証拠は? 新たな事実は、いつだって常識の裏側に潜んでいるのだ。
 それから数十年。予見夫も、いまやお父さん。ある日、小学校に入学したあゆちゃんが、国語の問題がわからないと騒いでいた。
「知らないおじいさんの気持ちなんてわかるわけないじゃないの。お父さんだって、会ったこともないおじいさんの気持ちわかる?」
 問題には『そのとき、おじいさんはどう思いましたか?』と書いてあった。ウ〜ム、この子は裏の心があることを知っている!?
 どうやら、予見夫の読みも親の欲目には勝てなかったようだ。あゆちゃんは、まだ表の心もわからなかっただけなのに……。


≪時は流れて……2004年12月≫
 近年では、企業も付和雷同型の標準タイプ的人間より、個性あふれる独創型の人材を求める傾向にあるという。もちろん、すべての企業がそうした考えに基づいているわけではないが、価値観というのは時代が作り上げるものと痛感する。
 ちなみに、大学卒業を来年に控えたあゆちゃんは、知らないおじいさんの気持ちどころか、よく知っているはずのお父さんの気持ちさえ、いまだによくわからないようだ。マァ、予見夫にしても娘の心理を読みきれないのだから、しょせんは似たようなものである。