☆ バナナにまつわるムムムッ! ≪初出『ポプコム』'90.7月号≫

 ナゾの石頭男と、隣りに住む写真専門学校へ通う男が深夜の頭突き合戦をした話はまだ記憶に新しい。実はこの二人、バカ話をするたびに必ず「できる」「できない」の論争が起きる。

 彼らの住まいは、いまや老人の原宿として有名な巣鴨のお地蔵さんの近く。そこでは、毎月4のつく日が縁日となり、地蔵通りに大勢の人が詰めかける。ある夜……。
「たとえ1万円もらっても、スーツをバシッと着て、シケモク(タバコの吸殻)を拾いながら、縁日の地蔵通りを歩くことなんてできないよな」
 こういうことを言い出すのは、いつも決まって写専の男のほうだった。が、意に反して石頭男の返事は……。
「オレ、できるよ。ホントに1万円くれるなら」
「じゃ、上はスーツで下は短パンという格好では?」
「ホントにくれるなら、やるよ」
「じゃ、5千円なら?」
「それでもいいよ!」
 お金のない者同士では、それ以上仮定の話をしても無駄なこと。それを知ってか、写専の男は
「バナナを1ダース食べることはできないよな」
と話題を変えた。
 が、またまた意に反して
「できるよ、それくらい」
という返事。
 さんざん「できる」「できない」を繰り返した後、結局、次の縁日で写専の男がバナナを実際に買うということになった。
 その日、ナゾの石頭男は朝から何も食べなかった。写専の男は、約束どおりバナナの叩き売りで1ダースのバナナを買ってきた。おいしそう。
 空腹の石頭男は、待ってましたとばかりにパクパク食べ始めた。5本、6本……。写専の男は、せっかく買ったバナナを恨めしそうに見るしかない。ただひたすら、石頭男が残してくれることを信じて。
 石頭男は、うれしそうに10本、11本と食べていった。そして、とうとう残りが最後の1本となったとき……。
「エ〜イ、負けた。もうガマンできない。これはオレが食べるッ!」
 写専の男は、悔しそうに残る1本に手をかけたのであった。

 くだらなくても、やっぱり勝負は勝つほうがいい。そう思いながらも、次の日、ナゾの石頭男はくだったお腹をさすっていた。