☆ 無謀というムムムッ! ≪初出『ポプコム』'90.6月号≫

 人間、死ぬ気になれば何でもできる……という言葉はよく聞くが、そう簡単に死ぬ気になれるものではない。第一、死と引き換えるだけの価値あるモノが、そうそう見つからないのが普通だ。
 しかし、若さには死を恐れないパワーがある。つまらないことに平気で死をかけてしまうのも、そのパワーのせいだ。人は、それを‘無謀’という。もちろん、そこには「死をかけている」という意識がないから、本来の意味とは違うが……。

 無鉄砲介(むてつ・ほうすけ:匿名希望の23歳)は、ポンコツのカローラで甲州街道を甲府方面へひた走っていた。温厚な性格の割には、結果を考えずに行動するイノシシ的な一面もあるらしく、しばしば不用意に前の車を追い越していた。
 そのときも、前に大型トラックが走っていた。砲介は、対抗車線を見て「ヨシッ!」と追い越しにかかった。
 だが、それは単なる大型トラックではなかったのだ。なんと、超ロングの大型トレーラーだ。しかも、イジワルをするようにスピードを上げ、前を走っている同じ大型トレーラーとの車間距離をギリギリに詰めようとしているではないか!?
「マ、マズイッ!!」
 アクセルをペッタンコに踏んでも、スピードは上がらない。2台を抜くどころか、1台のトレーラーも抜けるかどうか……。なのに、間に入れるだけのスペースがない。
 さらにマズイことに、対抗車線には大型トラックの姿がグングンと近づいてくる。イジワル・トレーラーは、正面衝突の瞬間を知らんぷりをして見るつもりなのか!?
「ワ〜ッ、このままでは死ぬッ!」
 砲介は、とっさに「正面衝突よりはイジワル・トレーラーに追突されたほうが死ぬ確率は低い」と判断した。強引に2台の間に割って入る……。ブボ〜ッ!!
 イジワル・トレーラーは、低くうなるようにホーンを鳴らしてブレーキを踏んだ。砲介の横を対抗車線の大型トラックが走り去っていく。心臓はドックンドックンと波打ち、顔からは血の気がサッとひいた。
「フゥ〜ッ!」

 イジワル・トレーラーも、事故に直接的に関わるのはイヤだったらしい。無謀という死をかけた一瞬は、何事もなかったように夕闇の甲州街道に消えていった。
 だが、無鉄砲介の脳裏からは、その一瞬のできごとが永遠に消えることはなかった。砲介の命ある限り……。