■ ご挨拶:第101回(2026年2月25日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。すでにプログラミング界では遺跡のような存在の新日本プログラミングですが、パソコンが必需品であることに変わりはありません。しかも、自宅と実家を往来する二拠点暮らしとなれば、同レベルの2台のPC本体に加えて、プリンタなどの付帯環境も必須となります。

 そんなところへ、大幅値上がりが避けられないというPC情報が…ということで、10年が経過した実家のPCを入れ替えることにしました。在宅日数的には畑のある実家が生活の拠点ですが、心の生活拠点は狭いながらも住民票のある埼玉の自宅。となれば、新しいPCを自宅に設置して、現在のものを田舎に移動したくなるのは当然の心理です。

 もちろん、いずれの地でも無PCとなる空白期間を設けるわけにはいきません。既存HDDの入れ替え作業、ソフトウェアの再インストール、さらにはゴチャゴチャになった設置場所の整理整頓…と、移動日に合わせて慌ただしい日々が続きました。そして、どうにかこうにか「うたた寝」ができるレベルの日常が戻ってきたところです。

 忙しいといっても、客観的に見ればノンビリした空間の中で過ごしているわけですが、そういう時間にも世界はどんどん変化し進歩し続けています。大阪万博にでも出向いていれば、少しは先端の情報や技術に触れたり体験したりできたかも…などと空想することもなく、ひたすら目の前の現実に愚直に立ち向かっている毎日なのでした。

 そんな時代遅れの私のところへ、時空を超えて最先端の技術と共に現れた方がいます。その大阪万博で、来場者をアッと驚かせたVR技術のソフト開発をしたという伊藤弘樹さんです。面識は…もちろんありません。ただ、伊藤さんのほうが私を知っているのです。何ということでしょう???

 実名を出したのは、すでにSyncLeap合同会社という新進気鋭の企業の代表であり、HPのみならず業界では広く存在を知られているからです。XR(拡張現実)とAI技術の融合により、エンターテインメント施設に革新的な体験価値を提供する企業…なのですヨ。石を運んだり、畑を耕したり、筋トレして走ってる私には、それこそ理解を超えた異次元ワールドでしかありません。

 ということで、わざわざVRゴーグルとソフトを持参して、眼前に広がる壮大な宇宙空間を開発者の手で体験させてくれたのでした。これはもう、驚きというより不思議過ぎて理解不能な世界。興奮のあまり、感謝もお礼も忘れてしまうほどのインパクトがありました。遅ればせながら、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

 …で、なぜ突如としてこういう展開になったのかというと、話は40年ほど前に遡ります。当時高校生だった伊藤さんが、拙著『マシン語ゲームプログラミング』やエディタ・アセンブラ『HIT-88』などを通じてプログラミングに興味を抱き、それが現在の進路へ進む原点となった…という信じられないようなストーリーが隠されていたのです。

 そして、そのことを忘れずにVRゴーグルと共に当時の著書を携えて、わざわざ自宅である新日本プログラミングを訪ねてくれたというわけです。安易なドラマ作品でも描けないウソみたいな真実。まさに「事実は小説より奇なり」でした。しかも最先端を走る技術者が、拙宅にある古い88MCを動かしながら過去を懐かしむ…その眼はキラキラと輝いてまるで少年のようでした。

 書籍の執筆者として、これほどうれしいことはありません。元来が、プログラミング技術書というより「人生のエピソードを交えた恥さらし本」でしたから、こうして慕ってもらえることなど1ミリたりと考えていなかったのです。すばらしい夢を見させてもらったので、今後はささやかですが後方から目立たないように応援していきたいと思います。

  ★ SyncLeap合同会社 ★

 単純な力仕事なら、もっと役立つことができるのですが、そこは想像を超えた未知が詰まった未来という異空間。骨董品となった8ビットエンジン(←私のことですヨ)は、これからも大宇宙を飛翔する雄姿を地上から楽しみに見るだけです。でも、いつかまた古い88で世代を超えて無駄話に花を咲かせましょうッ!!!



〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2026.7.13)〜〜〜〜

 どうでもよいことなのだが、今年も誕生日(7月11日)がアッサリと過ぎた。喜寿ともなれば、それだけでめでたいと考える人もいるけど、現代では平均寿命にも満たない平凡なマイルストーンの年齢でしかない。せいぜい祝っても、自腹でファミレスのランチ程度がお似合い…かな?

 かつては「人間五十年…」と語られたように、といっても本来は「人間にとって長く思える50年も無限の天上界からすればほんの一瞬」という意味合いだそうだが、それでも戦前までの日本人の平均寿命が50歳を下回っていたことを思えば、これまで大病もせずに無事に生きながらえてきたこと自体は素直に喜ぶべきかもしれない。

 でも、誕生日当日も明日を信じて筋トレして走って、おまけに見た目に威厳も貫禄もない…そんな喜寿が下手に偉そうな口を開けば、非難ごうごう…立つ瀬がない。それどころか「キジュも鳴かずば撃たれまいに…」なんて、ダジャレのネタにされるのがオチだろう。ということで、今日も黙々と評価されることのない道楽で汗を流すのであった。

 黙々と…というように、すべての作業は存在感を感じさせない場末の孤独な創作活動。そう思っていたのだが、時間が経てばそれなりに景観の変化が表面化する。ただ、そんなことを気に留める見知らぬ方がいるとは、正直これっぽっちも気づいていなかった。まずは一目瞭然…どこがどう変わったかを時系列的に振り返ってみよう。

 昔(←江戸時代)からある古い家なので、通りすがりの風景として記憶に残っている方がいるのは理解できる。とはいえ、茅葺き屋根は十年を過ぎると傷みがひどくなるばかり。哀愁や郷愁の気持ちだけで、そのまま使い続けられるものではない。単なる葺き替え工事だけで、優に数百万円を超える費用がかかってしまうからだ。

 かといって、放置すれば表面が腐ってペンペン草が生えたり、ネズミが巣を作ったり、やがては雨漏りがひどくなって漏電〜火事になりかねない。そんなことから、ポリカ波板で傷みの激しい部分を覆ったり、果ては室内に雨樋を設置して雨水を排出したりしていたのだが、こうしたその場しのぎの対応ではラチが明かない。やむを得ず、本格的にリフォームをするに至ったのである。

 …とマァ、ここまではどこにでもある時の流れとして傍観していたようだが、その先に妙な岩山が次々と現れることまでは想定していなかったらしい。この先いったいどうなるのだろうか、岩山の向こう側はどうなっているのだろうか、疑問と興味の気持ちは増すばかり。他人の家とは知りつつ、奥が見たいという気持ちが日増しに強くなる…のだそうだ。

 ということで、意を決して訪ねて来られた知らないお年寄りの女性がこれまでに数名。別に隠すほどのものではないので気軽に案内したけど、そんなに気になる存在なのだろうか。それとも、元気のない過疎の町では見かけない珍景観に、小さな夢と未来を感じたのだろうか?

 まだ中途半端で未完成なので、本来ならば見せる段階ではないのだが、すべては私の脳内に浮かんだ独自の世界観。どこの何をイメージしたというものではないのだが、心の片隅ではゲーム制作で味わった独特の不思議感を、形を変えて楽しんでいたのかもしれない。

 しょせんは、イメージ画も計画性もない思いつくままの創作物。説明を求められれば、それなりに笑顔で受け答えはするけど、実はそれすらもテキトーでいい加減なのだ。マ、聞くほうも「聞いてみただけ」というレベルだろうから、ご近所ならではの罪のない無駄話といえよう。どれもこれも、深い意味のない正真正銘の道楽ですナァ…。