■ ご挨拶:第100回(2025年10月17日)■

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

 本日のご来場、まことにありがとうございます。のらりくらりとしながらも、時の流れが当HPを節目の100回目とさせてくれました。こうなると「そろそろ潮時では…?」などと辛辣な声が聞こえそうですが、場末のHPはいつも通りに静かで平穏なままなのでした。

 客観的に見れば、現在進行形でない新日本プログラミングの情報など「どうでもいい存在」であることは紛れもない事実です。それを承知の上で、裏テーマである≪人生のプログラミング≫について平然と語ってしまうのが、何を隠そう千の顔を持つ『新日本プログラミング情報』の正体です。

 といっても、そこに大谷選手の『人生曼荼羅』のような崇高な人生観はありません。いつも行き当たりばったり…思いつくまま小さな夢に向かって、ひたすら全力投球をしているだけのこと。いつまで続けられるかなんて考えもしないのです。それでも、周囲から届く情報で微妙に不安と焦りを覚えることもあります。

 この春にも、学生時代の同期の仲間がまた一人…あまりに唐突に旅立ちました。他にも、認知症になったり、病気で入院をしたり、行動に夢や覇気がなかったり、まるでそうならないほうが不自然であるかの如く「老いへの圧力」を伴って聞こえて来るのです。

 こんな増幅する「負の波動」に立ち向かうのも、これまた人生のプログラミング術。心身の鍛錬であるトレーニングは当然ですが、トランキーロ(焦んなヨ!)と身をかわすことも大切です。意味不明な方は、内藤哲也(←プロレスラー)で調べてください。本来の用法とは異なりますが、猪木さん伝来の「風車の理論」にも通じる哲学です。

 煙に巻いたような人生術はさておき、今夏のある日(←正確には7月28日)の真実のお話です。時刻は、ちょうど午後の暑い時間帯。商店街裏の道路を、ママチャリでゆっくりと駅前の銀行へ向かっていました。ゆっくりなのは汗をかかないためです。すると、その遅い速度に呼応するかのように、反対側の歩道から「すみませ〜ん!」という女性の声が…。

 とっさに脳裏をよぎるのは昨年の詐欺騒動です。しかも小さなバッグには大金…ではないけど大切な通帳が入っているのです。もしかして、これを狙っているのかも、あるいは怪しげな商品の路上販売かも…などと、思考回路が瞬間的に混乱して被害妄想状態になったのでした。

 怪訝そうな顔をしながらも、とりあえず自転車を止めて「はい?」と答えます。女性は「人が倒れていて、一人では起こせないから手伝ってくれませんか?」と懇願します。こちらからは道路脇の植え込みで状況が呑み込めません。事件だったらイヤだし、どうしよう…???

 突然の出来事を前にして、思考回路は機能停止に陥ってしまいました。ただ、声をかけた女性の表情が余りに真剣なので、とりあえず自転車を移動して見に行くことにしたのです。そこには、確かに高齢…といっても同世代にも見える女性が倒れていました。

 事情を聞くと、立ち上がって杖を持てば歩けるけど、倒れた状態からは自力で立ち上がれないとのこと。詳しい背景はわかりませんが、状況としてはリハビリの散歩に付き添っている途中、路上で転ばれて抱え起こせなかった…ということでしょう。

 ≪な〜んだ…そんなことならお安い御用だいッ!≫ …(注:心の中の声)…

 最初は、軽く手を貸すつもりで片手でしたが、それではこちらも力を発揮できません。相手の了解を得た上で、背後から両脇の下に腕を入れさせてもらいます。もちろん、両手はグーです。高齢とはいえ見知らぬ女性です。妙な誤解を招かないよう自然と気を遣います。

 こうして体勢が整えば、一気にグィーンと抱え上げて任務完了です。持ち上げた直後は、両足がダラ〜ンと伸びた状態でしたが、すぐに自力で支えられるレベルに回復したようです。一方、サポートしていた女性のほうはといえば、呆気に取られて「スゴイッ!」と…しばし呆然でした。

 パチパチパチ…とでもしてくれれば、こちらもニッコリ笑顔で応じられたのですが、そんな心境になれないほど動転していたのかもしれません。猛暑で歩道の表面もかなり高熱になっており、熱中症になる危険もあったとか。とにもかくにも、無事救出でメデタシメデタシとなりました。

 日頃から100kg超の石を動かしている身からすれば、60kg前後の女性を抱え上げることなど朝飯前なのですが、うれしかったのは65年間の筋トレが初めて世の役に立ったことです。年齢を重ねるにつれて、周囲の声はますます否定的な意見と嘲笑ばかりに…。趣味だから気にはしませんが、こういう形で評価されるとは夢にも思いませんでした。

 ということで、その日も≪腹筋600回〜腕立て600回〜全力の3km走≫のメニューをいつも以上に気持ちよくこなしました。もしかすると、こんな作り話みたいな『真夏の出来事』をもって、天の神様がこれまでの努力を表彰してくれたのかもしれません…ネッ!



〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2026.2.25)〜〜〜〜

 負の波動…といえば、昨年末から1月にかけてまた二人の同級生が旅立ってしまった。残念でもあり、寂しくもあるんだけれど、どうにもこうにもやるせない…という気持ちだけで、結局はどうすることもできない自分がいる。

 とりあえず、どんな負の波動が押し寄せてきても自分で跳ね返すしかない。それには、とにかく元気な身体と前向きの精神力。トレーニングは、そのための唯一無二の元気玉…ということで、周囲の雑音にもめげず、今年も年間目標(73回)達成に向けて気合いを入れているのである。

 そんなトレーニングが役立った昨年の『真夏の出来事』だが、そこでイメージされた光景はそれぞれの記憶にある町並みがベースになっている…に違いない。脳内イメージを、言葉だけで完璧に他人に伝えることは不可能だからだ。いろいろな外構工事や創作物を自力でするのも、そうした裏の事情があってのこと。そりゃ、忙しくなるばかりだよネェ…。

 というようなわけで、実際に『真夏の出来事』が起こった現場を再現してみることにした。そのために、1ケ月以上経過した9月22日にわざわざ現場まで撮影に出向いたのだが、もちろん再び思考回路が乱れるようなハプニングが起きることはない。

 右側にある商店街(ペアモール)の裏通りを、ママチャリでの〜んびりと走っている姿がイメージできただろうか。小さな手提げバッグの中には通帳。目の前には銀行。何事もなければ、十数秒後には到着してオシマイとなるはずだった…のだが。

 人通りのないこんなところで、こんな声が聞こえたらどうなるか。誰だって、何事かわからなくて脳内思考が乱れるだろう。そもそも、走行中の自転車に向かって声がかかるというシチュエーション自体が、一般常識的には考えられないことなのだ。どう反応すればよいのだろう?

 とはいえ、ここで知らぬ顔の半兵衛とばかりに無視したら「男が廃(すた)る」と思うのが、良くも悪くも昭和の世代。それに、女性を抱え上げるくらいの力は有り余るほどある。本当に人助けとなるのかどうか、まずは「危ぶむなかれ、行けばわかるサ!」の心意気だ。

 こういう流れで、植え込みの後ろ側へ自転車を押しながら回り込んだのだ。倒れている女性を見た瞬間、例の心の中の声≪な〜んだ…こんなことならお安い御用だいッ!≫と言いたいのを、声をかけた女性を立ててグッとこらえる。さらに、あえて一度目は片手だけでお手伝いをする。本気を出す前の心遣い…という準備だ。そして…。

 あくまでもイメージ画像による再現だけど、こんな情景を想像していただろうか。それとも、百聞は一見に如かずと感じただろうか。いずれにしても、これが事実としての現場周辺の雰囲気ということは具体的に伝わったと思う。

 ただし、当事者である私には別の異なる感情も少なからず残っている。それは、今でもあの現場を通るたびに、植え込みから「すいませ〜ん!!」という助けを求める女性の声が、もちろん実際に聞こえたりはしないのだが、ついつい振り向いてしまうということ。こればかりは、第三者に伝えようにも伝え切れない内なる感情といえるだろう。