■ ご挨拶:第91回(2022年6月13日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。人間の行動の背景には、それなりに「動機や必然性」が潜んでいますが、それは必ずしも万人に共通した感覚ではありません。ある人にとっては何でもないことが、別の人にとっては人生を変えるトリガーになることだってあるのです。

 2011年(62才のとき)に年間4.326km(フルマラソンで100回以上に相当)を走ったのは、直前に誕生日が数日違いで同い年の間寛平さんがアースマラソンにトライしたからでした。
 環境も条件も異なるので、足元にも及ばない疑似体験ですが、これによって「毎日30〜40kmを走る感覚を味わってみたい」という流れになったのは事実です。もちろん対抗心などは一切なく、単純に未体験ゾーンへの興味スイッチがオンになったに過ぎません。

 夏には汗でシューズが水没した状態になること、全ての足指は血豆防止のために毎回テーピングが必須なこと…等々、体験して知ったことは少なくありません。
 ついでに、午前にプールで1,200m以上を泳ぎ、午後に42kmを走る(←それも連日)…なんていうことも「やったらできた!」のです。すべからく「机上の推論と実際は異なる」と、わが身をもって教えられたのでした。

 やっぱり、人生は「迷わず行けよ、行けばわかるさ!」が王道ですね。不可能宣言をされたマシン語プログラミングだって、結論は「本人のやる気次第」だったのですから…。
 とはいえ、自分の思考回路では生まれそうにない刺激やキッカケは、どこにでもあるというわけではありません。幼児ならともかく、それぞれに確立された人生のプロセスにおいて、琴線に触れるようなスパイスは滅多にないものだからです。

 そんな中、先日テレビで「3333段の石段を12kgのダンベルを両手に持って登る通称“ダンベルおじさん”がいる」という情報を目にしました。

「オオ〜ッ、これは面白いッ!」

 ただし、いくら興味津々の内容でも、その山を持ってくるわけにはいきません。あくまでも、こういうことは各人の置かれた環境の中で実現できることです。

 ふと振り返れば、実家の西側には毘沙門山という標高差が100m弱の山があります。坂道もあって不正確ですが、階段数はおよそ450段ほど。存在としては、近所のお年寄りでも気軽に登れる遊歩道扱いです。それだけに、短時間のトレーニングには「うってつけのコース」です。
 もちろん、子供のころから何度も登ったことのある裏山ですが、これまでにダンベルを持って登るという発想はありませんでした。ついつい、ワクワクしてしまいます。
 おあつらえ向きに、ここには親が残した6kgのダンベルが2つあります。少々軽量ですが、とりあえずの体験には最適の重量といえるでしょう。

 ということで、このところ6kgのダンベルを両手に持って、毘沙門山を登り下りするトレーニングにハマっています。時間にして15〜16分程度(登り8分〜休憩1分〜下り7分)です。
 本家に比べれば、ほんのお遊びに過ぎないトレーニングですが、それでも登坂時にはかなり呼吸が乱れます。これを頂上での休憩をはさんで、楽な下りでクールダウンすれば、到着時には呼吸も穏やかに回復して…と、身体のほうもコースに順応してきました。

 こうなると、ダンベルの重さをせめて8kgにしたい…と欲も出てきます。残念なことに8kgのダンベル(←50年前に購入)は1つしかないので、この昔ながらの球形の鉄アレイを求めて、今度はリサイクルショップを巡ることになりそうです。
 その先に見据えているものは、もちろん憧れの「全盛期のミル・マスカラスの体型」です。飽きずに継続することができれば、もしかすると本当になれるかもしれません…ネッ!


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2022.10.6)〜〜〜〜

 ダンベルを持って毘沙門山(びしゃもんさん)へ初登頂したのは5月4日のこと。まだそれほど暑くなく、木々の緑も初夏らしく初々しい。

 先祖代々の例の紅葉の木の向かい側には、少々大袈裟な感じの『毘沙門山城山遊歩道』の案内板がある。この「城山」というのは、山頂から尾根伝いに進むと烏山城址(←現在は石垣が少し残っているだけ)へ続いているという意味だ。

 畑で野良仕事をしていると、地元の人と勘違いされてよく声をかけられる。急な石段が遊歩道という雰囲気ではないので、不安を感じるのかもしれない。つい「迷わず行けよ 行けばわかるさ」と言いたくなるが、そこはグッと我慢で素朴な地元民を演じる…。

 手すりのある最初の石段は、五十数段で少し開けた場所に出る。そこからが、これぞ山道という感じの階段が続くけど、もちろんトレーニングの一環だから休憩などはしない。

 たとえ両手にダンベルを持っていても、この程度の歩行は「どうってことない!」のだ。ただ、上を見ると風景に圧倒されて長い道のりに思えてしまうので、足元を見ながら段数を数える。しょせんは450段ほどの遊歩道だ。

 半ばを過ぎると、整然とした石段から擬木による段差となる。擬木から次の擬木までの間隔は、およそ80cm前後。歩幅としては広めだけど、ここは大股でノッシノッシと歩くことを、自分なりの秘めた流儀としている。

 あるとき、足を伸ばそうとした眼前の擬木に沿って、細長い枝≪のようなもの≫があって、踏むことを躊躇したことがあった。でも、躊躇して大正解。その枝も踏まれたくないと思ったらしく、あわててニョロニョロと藪の中へ消えて行ったのだ。

 ご多分に漏れず、私もヘビは苦手なほう。たとえ苦手でも、こういう田舎では「ヘビとの遭遇」はよくあることだ。だから、出会ったときは、基本的に黙ってソッと見送る。

 ヘビからすれば地面すれすれの目線で、見上げるような大きさの人間を見るのだから、本音は穏やかに逃げ去りたい…と思っているに違いない。

 もっとも、毒が自慢のマムシばかりは、好戦的な態度を取りそうだから要注意だけど…ネ。

 そういえば、そんな苦手なヘビのことを一度だけ妙に可愛いと思ったことがある。

 あれは、もうすぐ春という季節のころ。雑草の上に置きっ放しになっていた錆びたトタン板を、何気なく移動しようと、いきなりガバッと持ち上げたときだった。

 おそらくは、暖かいトタン板の下で気持ちよくグッスリと冬眠中だったのだろう。突然の出来事に、瞬時には何が起きたかわからず、かま首をもたげて周囲をキョロキョロしている。

 このいかにも動転した様子が、人間臭くてとても可愛らしかったのだ。とりあえずは、その場から移動をしなければ…と、ギクシャクと動き始めた姿は、思い出しても微笑んでしまうほど愛嬌があった。

 でも、内心では「お休み中にご迷惑をおかけして申し訳ない!」という気分。いくら苦手なヘビとはいえ、寝ているところを起こすほどの敵対心はないからネ。

 ちなみに、この日はそれぞれの手に6kg(計12kg)のダンベル。よく考えたら、両手で異なる重量でも差し支えないわけで、現在では6kgと8kgを往復で持ち替えて持っている(計14kg)。そんなことから、時間のかかるリサイクルショップ巡りは中止とした。

 歩行中の写真を見ると、腕の振りが左右揃っていることがわかる。実は、これも「秘めた流儀」なのだが、あえてヒジを伸ばさないことにしているのだ。それゆえに変な歩行姿勢だけど、あくまでもトレーニングの一環なのである。

 そうこうしているうちに、およそ8分の時間が経過して頂上に到達する。子供のころは六角堂というお堂があったが、それがなくなって鉄製の展望台となり、それも数年前に取り壊され、現在はブロンズの派手な毘沙門天像が飾られている。

 ここで1分程度の休憩をして、降りればオシマイ。5〜6月は爽やかな気分だったけど、その後の長雨で山道が枯れ枝で乱れ、頂上手前では大きな雑草が立ちふさぐように伸びている。

 おまけに、蚊の季節となって首や腕の周りをブンブン飛び回る。まるで、両手にダンベルで追い払うことができないと知っているかのように、しつこく付きまとうのだ。そんなわけで、8月〜9月は偵察程度に1回ずつしか登っていない。

 マァ、登らなければならないという義務はないので、いずれ山道が整備されたら楽しく登れるようになるだろう。その先にある夢(←全盛期のマスカラスの体型)に向けて…。


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2024.1.27)〜〜〜〜

 多忙…という情けない言い訳で、しばらくダンベルおじさんとなるのを中断していたが、新年を迎えて心機一転、先日(1月18日)久々に毘沙門山へ登ってきた。

 いつものことだが、呼吸は「ハァハァ…ゼェゼェ」と激しく乱れる。それでも、最後まで腕を伸ばさず、足を止めることもなく登り切ったことで一安心するのだ。あまり他人には見せたくない光景だが、ここはさびれた過疎地域。平日ということもあり、往復しても誰とも出会わない。

 当初はダンベル以外は手にしていなかったが、いつ何時何が起きるかわからないご時世。いちおうデジカメを持って記念の画像だけは残すようにしている。今回は、例のブロンズ像の裏側から烏山城跡へと続く山道付近でパチリ。

 ここから尾根伝いに歩けば、かつて存在していた烏山城の跡地へと到達する。城跡といっても、今では石垣の痕跡が残るだけ。期待するほどのものではないが、私には「ご先祖様の勤務先」としてそれなりに感慨深いものを感じられる。

 このまま城跡を経由して山を下りれば寿亀山(じゅきさん)神社に至る…というのが、この遊歩道の全貌だ。そこそこ元気な高齢者向けのハイキングコース。休日には、登山服のようなスゴい出で立ちで、にぎやかに歩くご老人たちを見かけることもある。

 さすがにダンベルを持って登る人は見たことがない。それだけに、いつも「どうか人には出会いませんように!」と願いながら、コッソリと激しい息遣いで登っているのである。