■ ご挨拶:第90回(2022年2月15日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。かなり以前のことですが、社会人となった娘が親にはついぞ見せたことのない好印象の笑顔で、第三者とにこやかに会話をしている光景に驚いたことがあります。
 たまには親にも同じように…と頼んだところ、即座に「あれは営業スマイルだから無理!」と一蹴されてしまいました。確かに、デパートのお姉さんの上品な笑顔も、接客のためであって本心とは無関係ですから、論理的に筋の通った一理ある返答といえます。

 改めて思い浮かべると、われわれの大半のスマイルは円滑なコミュニケーションを意図したものであり、心の底からの感情表現によるものは滅多にありません。それゆえに、小さな子供たちの純真無垢なスマイルは、地上に舞い降りた天使のように輝いて見えるわけです。

 ここで、何の脈絡もなさそうに話題は転換します。先日、とある所要のため小倉まで二泊の日程で出かけました。いつも車移動ばかりなので、新幹線で駅弁を食べながらの旅行…という点では、憧れた楽しみのひとつでしたが、観光ではないのでワクワク感はありません。
 とりあえず、すべての用事を無難にこなして帰路へ…。時間が余ったので駅ビルで九州ならではの食料品を買うことにして…とマァ、ごくごく平凡な日常のショッピングです。

 レジを待つ女性の後ろに当たり前に並んだところ、バックパック姿の初老の男性(←ア、同じ世代だッ!?)が、横からスイッとレジに割り込んだのです。コロナ禍で待機列までの間隔が広く、レジ係も気がつかなかったようです。
 直前にいた金髪の若い女性が、ムッとしたように右隣のレジに移動しました…が、案の定そこは閉鎖中。こちらを不安そうに振り向く女性に、当然「どうぞ!」と手招いて本来の順に戻し、それとなくポソッと一声かけたのです。

「あのおじいさん…わかんないんですヨ!」

 目の前では、せわしそうに体を動かす白髪の老人。その姿は憐れみを感じるほどでしたが、何気ない一言で「怒りの対象にする存在ではない」という思いが女性にも伝わったのでしょう。
 なんと、レジを終えて袋詰めをしているとき、味わったことのない最高の笑顔でこちらを見つめているのです。もちろん大きなマスク越しですから、見えているのは目だけです。目には目を(←本来の用法ではない)…ということで、こちらもマスク越しに笑顔の会釈で返礼しました。
 時間にして、ほんの数十秒の出来事です。割り込んだ老人のお蔭で、とても爽やかでいい気分で帰りの新幹線に乗ることができました。

 絵に描いたような旅における一期一会ですが、まだ続きがありました。楽しみの駅弁を車中で食べている際、窓際に置いた妻の眼鏡が、一瞬のガタンとした揺れで椅子の隙間から後方へすべり落ちてしまったのです。
 席を立って取りに行こうとしたとき、反対側の後部座席から「すみません…これ」と落ちた眼鏡を差し出す声がします。振り向いて「ありがとうございます!」と顔を上げた先には、どこか見覚えのある山吹色に近い金髪の若い女性がいました。

 今日はよくよく金髪のお姉さんに縁がある日だと思いつつ、お礼のスマイルで眼鏡を受け取ったのでした。それに呼応するかのように、お姉さんからも精一杯の笑顔が戻ってきました。
 たぶん京都あたりで降りたような気がしますが、ハッと気づいたのはその後です。特徴のある金髪と、大きなマスク越しに見えた「目は心の窓」を実践したようなスマイル。まさしく小倉の駅ビルで予想外の幸福感をもたらしてくれた女性だった…のでした。

 こういうのを奇跡というのでしょう。名前どころか顔も知らない若い女性から、営業スマイルを必要としないシチュエーションで、心からの美しいスマイルを期せずして二度も受け取ることができたのです。
 おそらく、これは人生で最初で最後のアンビリーバブルな体験だと思います。単なる偶然…というより、神のイタズラだったのかもしれません。決して届くことのない声とは知りつつ、あのときの金髪のお姉さん…生涯忘れることのない素敵なスマイルを本心からありがとう!


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2022.6.13)〜〜〜〜

 人生というのは、生まれた時代や環境、偶然の運やタイミング…など、意志と努力ではどうにもならない要素に囲まれながらも、結果として各人の支配下にあるかのごとく形成されていく。
 それが積もり積もって個々のヒストリーとなるのだが、物語の始まりをたどると意外なところに原点があったりする。もちろん、これは金髪のお姉さんとの続き話ではない。生まれ育った時代と環境を経て、偶然の運とタイミングに加えて、意志と努力が重なった小さな裏話だ。

 ということで、時間が許せば次の画像をクリックして、貴重なドキュメンタリー番組『山の分校の記録』を見てほしい。

 概要は、昭和34年(1959年)に栃木県の栗山村土呂部部落(当時)に、NHKからテレビが貸し出された経緯と山奥の暮らしを、子供たちに焦点を当ててまとめ上げたものだ。

 この番組が放映されたのは1960年。詳しい事情や背景は省くが、あやふやな記憶によれば、この年から3年に渡って、夏休みと冬休みの大半をこの土呂部で過ごさせてもらっていた。
 1つ年下の弟と二人で、親に勉強を強要されることもなく、地元の子供たちと朝から晩まで自由気ままに遊び回っていたのだ。

 セイジにミツル(泊めてもらっていた家の兄弟)、よく互角の相撲を取ったイツオ。番組には大勢の懐かしい顔が残っている。
 その他にも、サダオ、タダシ、ツヨシ、カオル…等々、名字を知らないまま下の名前で呼び合っていた。もちろん、私もトオルと呼ばれて対等に遊び合う仲間だ。

 番組中では、特に目がキラキラと輝いている少年としてツヨシにスポットが当てられている。名は体を表す…というように、子供たちの間では力が強いと評判だった。
 もっとも、これは実態よりも名前のイメージがそうさせていただけかもしれない。あるいは、子供の目線でそう思わせる雰囲気がどこかにあったのだろう。精悍な表情には、芯の強さが力強さを表現しているようにも見える。

 記憶に間違いがなければ、家が道路を挟んだ向かい側にあった。そんなことから、やはりよく遊んでいたのだが、果たして覚えているだろうか?

 もう18年も前のことだけど、40年ぶり以上で再会する機会があった。実に長いブランクにもかかわらず、笑顔で昔話に花を咲かせられるのはうれしいよネ!

 ちなみに、現在では一般的には「部落」という呼称は避けるのが通例だが、少なくとも公民館には歴代部落長として写真が飾ってある(2008年確認)。あえて集落などとしないところに、先祖に対する思いと地域のプライドが感じられる。

 そんな懐かしい想い出と、楽しく遊ばせてもらった土呂部への感謝の気持ちを込めて、初めての作品『ホーンテッドケイブ』のイメージストーリーに登場させたのであった。

 現在では、土呂部は福島などへ続く林道の通過点となってしまったが、当時は「青柳平」というバス停から山奥へ6kmほど入った終着点。つづら折りのトラック道を、何度も近道で横断しながら橋のない川を渡ってたどり着く秘境の村だった。

 ご多聞に漏れず、ここにも高齢化と過疎化の波が押し寄せている。物質的にはとても豊かになったけど、あの大自然の中で素朴に遊んだ古い時代が妙に恋しい。これって、もしかすると動物的本能によるものなのだろうか、それとも単なる老人の郷愁…?