■ ご挨拶:第85回(2020年6月30日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。夜空を見ていると、無限に広がる大宇宙では「地球も小さな点に過ぎない」と改めて思い知らされます。あるいは≪点としても認識されないほど微細な存在≫と考えるほうが適切かもしれません。
 この小さな天体の表面を、まるで支配者のようにうごめいているのが…我々人類です。人類同士で勝手に国境を定め、資源を奪い合い、自分たちの目線で「地球にやさしい」などと思い上がっているわけです。そんな人類への宇宙(←私が思うに神様です)からの警鐘…それが新型コロナという極小ウイルスだとしたら、世界の指導者たちはどう立ち向かうべきなのでしょうか?
 …な〜んて哲学的に考えたくなるほど、このところ明るい未来志向のニュースは聞こえなくなってしまいました。いつもなら、こういう時は「走るに限るッ!」で一件落着なのですが、ここでもマスクがマナーとしての必需品。いつも以上に「ハァハァ…ゼイゼイ」で苦しさも倍増です。そんなわけで、この4月からは距離を半分の3kmにし、ゆっくりを心掛けて走っているのでした。

 それにしても「信頼」という言葉が消滅してしまったような、邪悪な空気感が漂っている近ごろの日本社会。もしかすると、未来へ残る珍格言が生まれる貴重な一瞬なのかもしれません。

『嘘つきは出世の早道』;国会答弁をうまく切り抜けさえすれば…ということ。
『疑惑をもって疑惑を制す』:スキャンダルをもってスキャンダルを制すともいう。
『自公が自賛』:国民の評価はどうであれ身内で称え合えばよい。
『増税に撒き餌』:期間限定の還元をして増税に慣れさせる…現代版「朝三暮四」のこと。
『ワルにも衣装』:ブランド品で身をまとえば腹黒い偽政者でも一流政治家に見える。

 何だか、ますます気が滅入ってしまいそうです。やっぱり新日本プログラミングに政治ネタは似合わないようです。ここは無心で疲れるしかないでしょう。

 ということで、走る距離を短くした代償に腕立て伏せの回数を【300+おまけ6回】から【300+おまけ7回】にしました。な〜んだ、たったの1回か…なんて思わないでください。大切なのはその気持ちなのです。
 そもそも、身体トレーニングとは精神トレーニングのことです。あえてキツいことをして、それに耐える精神を鍛えているわけです。つまりは自分自身への叱咤激励です。その限界を超えたときに初めて「自分で自分を褒めたい!」と思えるのでしょう。
 いつも余力のある私は、未だそんな崇高な気分を体験したことがありません。要するに未熟者なのですヨ。それゆえに、家族からは「まだまだ伸びしろがあっていいネ」と言われますが、これって喜ぶべきことなのでしょうか…ウ〜ム。。。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2020.11.12)〜〜〜〜

 実は、この時点では腕立て伏せの回数は確かに【300+おまけ7回】であったのだが、やっぱり数字的にキリがよくない。で、どうせなら…ということで、7月の誕生日を契機に【300+おまけ10回】とすることにしている。
 なぜに「おまけ」かというと、最初の300回はいわゆる「高速腕立て」で回数稼ぎが目的。ラスト1回を仕上げとして「深く曲げてからのエビ反り」にしていたのだが、その部分が徐々に増えてしまったという相応の理由があるのだ。

 おまけの増加にどれほどの負担があったのか、1週間ほど前に(11/3)左腕がもぎれるような激痛に襲われた。起きているときはそうでもなかったのだが、寝ようとして横になってから数分後。耐えられない痛みに寝るどころではなくなったのだ。
 起きようとすると、今度は左肩が布団から浮く姿勢がもっと痛い。ホント…肩が壊れたのかと思ったほど。2日間は、どうにかこうにか痛みに耐えたけど、さすがに病院へ行くよネ。

 自己診断では、4年前の「帯状疱疹のウィルスが再稼働したに違いない」だったが、お医者さんは冷静にレントゲン検査。その結果、以前右肩の痛みの原因だった石灰の塊が、今度は左肩の関節上部に白い影となって見えていたのだ。
 ということで、それを溶かす注射を打ってもらったところ、アラ不思議…。痛みは引き潮のように左肩 から消え去り、何事もなく腕立て伏せに復帰できたのであった。ウレシイ!

 左肩の激痛が一件落着したところで、何の脈絡もなく古い茶箱が登場するけど、深くは追及しないでもらいたい(単なる話題転換)。
 昭和30年代までの歳末セールでは、奪い合うようにお茶を茶箱で買って自転車で持ち帰る光景がアチコチで見られた。茶箱というのは、内側に湿気防止のトタンが貼ってあるので、使用後は服入れとして流用できるから重宝だったのだ。

 時代は変わって、わざわざお茶を入れて飲む機会も減り、服の収納スタイルも変化して…やがて古い茶箱は処分に困って放置される存在となっていった。外側の紙ラベルも埃まみれでボロボロ…。

 実際、処分しようとすれば粗大ごみとなってしまうし、かといってバラすにはトタンの存在が邪魔になる。こうなれば、新たな利用先を考えるほうが得策だよネ。
 いろいろ考えながらジィ〜ッと見ていると、ふとあるものに見えてきた。しかも、トタンの存在が逆に有難い。となれば、早速ひらめいた「あるもの」に向けてボロ紙を剥がしてきれいにする…。

 ここで見えた「あるもの」とは、どこかで見かけた宝箱。ペンキを塗って、強度を上げるために補強をして、ついでに楽しいイラストも…。

 残念ながら、高価なお宝はないので、中に入れるのは砂とセメント。これまでホームセンターで買ったままビニール袋を並べていたけれど、これでスッキリとまとめられる。しかも、いつの日か小さなゲストが喜んでくれるに違いない。古い茶箱だって、現代に復活して心なしかイキキしてるでしょッ!

 この2つの他に、現在3つ目の宝箱を肥料入れとして製作中。ところが、実は古い茶箱がまだ4〜5個残っているのだ。こうなると用途を考えるのも一苦労だネ。
 木製のものは雨に当たると数年足らずで腐ってしまうので、屋根のある場所が必須なんだけど、そもそもお宝がないのに宝箱ばかりあってもネ…というわけで、宝探しの旅に出かけようかな?

 もちろん、私にとっての最大のお宝は健康で頑丈な身体。すなわち、宝探しの旅とはトレーニングをすることに他ならない。必要以上においしい食事も、光り輝く金銀宝石も、いっさい興味はないのだ。夢が叶うなら、1500mをまた跳びはねるように走ってみたい…。