■ ご挨拶:第83回(2019年9月26日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。かつてラサ商事(現一部上場企業)に勤務していたころ、よく「商社(企業)は人なり」という言葉を耳にしました。
 人にやさしい社風もあったと思いますが、今でも心に残る好きな言葉です。商品として動かしているのはモノやサービスであっても、それを支えているのは人。社員である人材こそが企業の宝…ということです。
 実はこれ、経営者サイドが自らを戒めている言葉でもあります。ビジネスが成功したとき、会社は利益と名声を手にすることができます。経営トップたる者、そこで前面に躍り出て栄光を独占するのではなく、手柄は社員のものとしてこそ宝も輝く…と語っているわけです。
 もちろん「企画がよかったから」と手柄を横取りして成り上がった著名経営者もいます。その実績を否定はしませんが、商社に伝わる名言からすれば「それを言っちゃァ…おしまいヨ!」となるのでした。企業経営に関する理念やポリシーに絶対的な正論はないにしても、背景には人間的な美意識が求められているということです。
 いつのころからか「利益こそ経営のファイナル目標」「超大金持ちは美徳の理想形」という風潮が強くなってしまった日本の…いや世界の会社経営。類まれな収益の才覚より、謙虚な人格に魅力を感じるのは、商社マン時代に触れた伝統の名残りでしょうか。それとも、時流に乗れない老人になってしまったのでしょうか…?

 老人といえば、節目の70歳になったことで認識を改めたことが1つあります。換言すれば、少し成長したということですね。エッヘン…と胸を張りたいところですが、中身は小さく「疲れ」という平凡な言葉の定義です。
 これまで「疲れ」とは、例えば「全力走をし終えたとき」とか「筋トレを終えた直後」など、俗に乳酸値が高くなった状態のことだとばかり思っていました。当然、休憩をすれば体力はV字回復をして、一晩寝れば何事もなかったかのように完全復活をするわけです。
 経験的にも、2011年(62歳のとき)に年間4326kmを走った際には、42km走の連チャンを含めて11日連続で27km以上を走り、うち2日(27km走と42km走の日)は午前中にプールで1200mを泳いだことがあるのです。疲れを「刹那の身体症状」と思うのは当然のことでしょう。
 だからこそ、国民的ゲーム『ドラクエ』で「一晩寝ればHPもMPも全快する」という基本システムが成り立っているわけです。でなければ、どこかで誰かが「これは納得できない!」と大声を上げるはずです。筋論として間違っているでしょうか?
 …とマァ、家族からの「特異な疲れ知らず!」という評価への反論だったのですが、実は今夏の猛暑の中で作業疲れが一晩で全快しないことがあったのです。単なる寝不足かも…と思いつつ、翌日に持ち越す疲れが存在することを身もって体験したのでした。

 ホント…人間いくつになっても成長するものですね。実に勉強になりました。無知のお詫びに、年齢に応じて筋トレのうち腕立て伏せの回数を、これまでの256回(16進数で100H回)から300回に増やすことにしました。
 たとえ僅かでもいいから、未熟な私は「まだまだ成長したい!」のですヨ。すでに300回が基準回数になったことで、プラスαで6回のオマケが…ウ〜ム、キリがないッ!


 今回、HPのデザインをリニューアルしたついでに、肩書を「初代総帥」から「永世総帥」に変更しました。元々「二代目」のいないお遊びの肩書であり、また本家の新日プロ・全日プロにも総帥がいなくなって久しいのです。抹消してもよかったのですが、長期に渡って総帥を名乗ったことから、将棋の永世名人を模して「永世総帥」とした次第です。お遊びの中の「気晴らし」でした。

〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2020.2.2)〜〜〜〜

 こうした個人的なHPの文章は第三者のチェックを受けないが、パブリッシャー(出版社)が入ると作者のプロフィールでさえ思い通りにはならないことがある。最初にそれを痛感したのが、エニックスから商品化された『マジック・ガーデン』のプロフィール欄だった。

 ここには「12ヶ月の歳月を費やした」とか、誇らしげに「自負しております」なんて書いてあるが、これらは決して自分の言葉ではない。そもそも1年前は『ホーンテッドケイブ』の開発中だし、基本的に謙虚と相反する「自負」には嫌悪感すら覚えるほど…。
 だけど、パッケージ担当の女性に「ここは大げさに書くべきなのです!」と主張されれば、商品化してもらう身としては素直に受け入れるしかない。モメたところで売れ行きが左右されるわけではないし、単に印象が悪くなるだけだから。
 そんな経緯を思い出しながら、ふとオリジナル原稿によるプロフィールはどうだったのか、古い資料のある本棚を捜してみたところ、アララ…どこにも見当たらない。察するに「12ヶ月の歳月を費やし」がなく、偉そうな「自負しております」のところは「大いに楽しんでください」だったような気がする。マ、今さらどうでもいいことだけどネ。

 それはさておき、いろいろと古い著作物の資料に触れているうちに、プログラムに関するマル秘ノートに出くわした。そこにはゲームだけではなく、エディタ・アセンブラ『ROOT88』のワークエリア構成、サウンドやグラフィック開発ツールの使い方、さらにはプログラムの根幹となるアイデアの詳報が備忘録のように記録されている。
 こうした資料がないと、たとえソースリストが残されていても、プログラムの解析は困難を極める。特にアセンブリ言語の場合、個々のルーチンの意図や目的が把握できないと、当時の心境をゼロから推察しなければならず、たとえ開発者本人であっても解読不能なこともあるほどだ。
 そんなわけで、これは重要事項が詰まった門外不出の内部秘録…と誇張したいところだけど、しょせん本人以外には無用無価値の古いノート。いずれは、人知れずゴミとなって消滅するだろう。ある意味では、これこそ本物の『マシン語秘伝の書』かもしれない…。

 商品化されていないツールの場合、最初から用法マニュアルすらないので、覚えているのはごく一部の機能だけ。このマル秘ノートを見て、改めて「そういえば…」と使い方を思い出したのであった。
 いっぽう、私が唯一「謙虚になっても88最強のエディタ・アセンブラ・逆アセンブラ」と自負…じゃなくて自称しているのが『ROOT88』シリーズだ。単なるアセンブラと思えばそれまでだが、その裏側では独自に考えた多くのアイデアが駆使されている。
 例えば、ディスクドライブ内に置いたプログラムからの圧縮転送とか、逆アセンブラにおけるワークエリアとプログラムエリアの判別手法とか、多くの秘密情報がこのノートには記されているのだ。

 おそらく『ROOT88』付属の逆アセンブラ機能によって、どこかで誰かが『ROOT88』自体の逆アセンブルにトライしているかもしれない。果たして解析に成功したのかどうか、開発者としてはとても興味深い。
 そのためには、当時の私のプログラミングの心境とアイデアを読み切れなければならないが、もしも完璧に解析できた人がいたとすれば、菓子折り持参でお目にかかりたいもの。さらには、この消えゆく『マシン語秘伝の書』を伝授して…なんて思ったりするのは、老人になった証拠だろうか?

 アセンブラで思い出したのだが、実は『HIT-88』のエディタ部には隠しコマンドとして『ROOT88』と同様にカナ変換モード([Ctrl]+[H]で切り替え)がある。エッ!?
 なぜ隠しコマンドとしたかというと、自分がカナ入力が苦手ということを宣言するようで恥ずかしかったからなのだが、そのまま公開するタイミングを失してしまったことにも起因している。書籍の段階で内緒にしたことで、いつどこで正式発表すればよいのかがわからなくなってしまったのだ。
 あるとき、NECの技術担当者が『ROOT88』のカナ変換が便利と絶賛してくれたので、この話をしたら「これだけでも『HIT-88』の利用価値があったのに…」と残念がっていた。こうなると、なおさら公開し難くなってしまい、結局はこんな思い出話で…と相成ったのである。とにかく一言、ゴメンナサイ。

 ちなみに、なぜカナ入力が苦手かというと背景は商社マン時代にある。当時(ネットのない時代)のリアルタイムでの通信手段は、電話かテレックス(専用機同士による文字の送受信装置)しかなかったのだが、このテレックスのカナキー配列が問題だった。
 というのは、日本国内で主流だったNTT製のテレックスは、タイプライター(PCと同じ)とはカナ文字の配列が異なっていたのだ!
 基本的に、英文タイプライターは英文作成が目的でカナ入力の必要性はほとんどない。いっぽう、国内通信にも多用されていたテレックスは、カナ入力の機会が比較的多かった。そんなことで、こちらのカナキー配列を必死になって覚えたのであった。
 その結果、パソコンでのカナ入力はまるで文字探しのような状況になり、その不便さを解消するための手段としてローマ字→カナ変換モードを設けるに至った…というわけ。要は、改めてカナキー配列を覚え直す努力を怠った言い訳なんだけど、それが「バレるのが恥ずかしかった」につながった真相だ。いやはや何とも情けないお話。やっぱり永遠に内緒にしておくべきだったかなァ???