■ ご挨拶:第70回(2015年10月17日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。どこかで聞き覚えのあるフレーズ「元気があれば何でもできる!」といえば、元気を出すための最高の応援メッセージですが、これをこのまま真に受けるわけにはいきません。どう頑張っても「できないことはできない!」からです。

 すなわち、本意は「元気があれば何にでもトライできる!」ということなのですが、年齢を重ねるにつれ結果を予測して「確実にできそうなことにだけトライする」ようになりがちです。もちろん行動に自分なりの推測を加味して決断するのは大切ですが、個人的にはポジティブ一辺倒に可能性を追求する生き方に魅力を感じます。みなさんはどうですか?

 人間誰しも否応なしに歳を取ります。しかし、それによって経験値や知識が連動してアップするわけではありません。愚人ほど、年長というだけで上から目線で「やめとけ!」とか「無理だ!」という否定的推論を立てたがります。あらゆることにおいて、可能性が消滅するのは「不可能と判断して諦めた瞬間」なのに…。

 若いころ、こんな不条理な論理展開に反発を覚えていた人も、いつの間にやら自称「知識人」に成り下がります。無意識のうちに、肉体の衰えを知識でカバーしようとしているのでしょう。ただ悲しいかな、そんな知識の大半は付け焼刃で裏付けのない素人情報。愚者ほど知識をひけらかし、賢者は知識を活用し、さらには飽くなき探求心と向上心で上を目指し続けるのです。

 一方、肉体の衰えはトレーニング不足と信じる私は、愚者に非ずも賢者でもなく、ただひたすら身体の美学を追求しているのです…が、とうとう右肩がパンク(?)して夜も眠れないほどの痛みに襲われてしまいました。痛み止めの薬を飲みながら、一層の筋トレで治そうと努力はしたのですが、ますます痛みは増すばかり。で、やむを得ず整形外科の門を叩いたのでした。

 レントゲンで調べたところ、右肩上に石灰質のものが溜まっているのが原因とわかりました。普通は注射一本で治まるらしいのですが、15年以上も我慢していたせいか6度の注射でも完治せず、このところ右腕は≪痛みで筋力の半分も活用できない≫日々が続いています。

 そんなこんなで、ここ数ヶ月は腕立て伏せのトレーニングは中止したまま。我ながら情けない…と思いつつ、きっと天の神様が「自然治癒するまでしばらく身体をいたわりなさい」とおっしゃっていると素直に解釈しているところです。その分、腹筋運動の回数を+100回増加させましたが、異端の愚者が強制的に年齢を自覚させられているような…どうにも妙な気分なのであります。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2016.2.12)〜〜〜〜

 整形外科で注射を打ってもらってからおよそ半年…。右肩の痛みはどうなったかというと、完治はしていないものの徐々に痛みが分散してきたような気がする。といっても、以前のように右手で起重機よろしく荷物を持ち上げるのはキツいものがある…けど、右手がダメなら左腕があるサ。結果として、筋力のバランスが取れてよかったかもしれない。

 肝心のトレーニングについては、いつまでも腹筋運動で代用などという甘っちょろい考えで満足できるわけがない。早々に従来通りの腕立て伏せ200回に戻していたのであった。

 なぜにこれほどまでにトレーニングにこだわるのかといえば、実はそれほど深い思い入れや理由があるわけではない。ただ自分の中に「デブ(←というか鍛えていない身体)はカッコ悪い」という意識があるだけのことなのだ。たとえカッコよくなくても、カッコ悪いのはイヤ…というわけ。もちろん、考え方は人それぞれだから他人の体型がどうあろうと一向に気にならないが、自分がそうなるのはイヤなのだ。

 そういう意味において、学生時代に体育局自動車部というトレーニングが日課の部員であったことは、それだけで十分にエンジョイできたといえるだろう。もっとも、全員がそういう意識で部活を楽しんでいたわけではなく、もしかすると私だけだったかもしれない。

 そんなトレーニングの集大成の場が夏の軽井沢合宿で、2〜3年生はほぼ1ヶ月間をここでハードなトレーニングをしながら過ごすのだ。詳しい内容は省くが、自動車部が体育局(いわゆる体育会)に所属している理由はここにあると言っても過言ではない。

 そんなハードな夏合宿にも、束の間の休息日はある。これは、その束の間の休日にみんなでソフトボールをしていたときのワンショット(1970年7月20日:21才)。

 腹筋を見れば、トレーニングの成果がわかりそうに思えるが、昔は貧乏学生が多かったから一般学生でも腹筋くらいは見えていたのだ。

 …で、この豪快なスイングでホームランかというと、なんと豪快な空振り。ちなみに、投げていたのは女子部員。しかもアンダースローによる超スローボールだった…のだ。ア〜情けない! 体型よりも鍛えるべきことがある…という、いつもながらのカッコ悪さなのでした。。。


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2025.5.22)〜〜〜〜

 すでに何度も触れているように、小中学生のころは蝶の採集に熱中していた。特に、夏休みには年に一度の家族旅行で那須高原へ行くのが定番だったので、長い捕虫網を持って珍しい蝶を採ることが最大の楽しみとなっていた。

 そうした定番の一泊二日の旅行とは別に、1961(昭和38)年の8月にはそう遠くない古峯原(こぶがはら)へ連れて行ってもらっている。ちょっとしたハイキングコースなのだが、そこは蝶好きの間ではヒョウモン蝶が採れることで知られていたのだ。たぶん、そんな理由で一度は行きたいとオネダリをしたのだろう。

 学年でいうと小学6年生。ちょうど迷い犬のチビ一緒に朝夕を走るようになって、ほぼ1年が経過したころだ。持久力は向上したみたいだけど、運動神経のほうは自覚するほど鈍かった。トレーニングと運動神経は同期しないようで、基本的にはそのまま現在に至っている。

 だから、先述の「豪快な空振り」もそうだが、部活の合間のお遊びサッカーやスキーでも、情けないほどに下手。走ることとのギャップが余りに大きいので、余計に際立ってしまうみたい。気持ちとしては何とかしたいけど、そこまでのファイトもないし…どうしようもないネ。

 そんな運動神経の持ち主なので、蝶を採るのも実は「超下手っぴ」なのだ。それを見越したわけではないと思うが、古峯原でも蝶に逃げられたシーンが8mmフィルムに収められていた。

 手前で同じような捕虫網を持っているのは1つ下の弟。兄が何かを始めると、だいたい同じことをするようになるのだが、体質と性格はまるで違う。例を挙げるとキリがないけど、最大の違いは身体を鍛えるトレーニングには全く興味を示さないことかな?