遠い昔にヨーロッパを放浪していたころ、何度か人種差別的な扱いを受けたことがあった。詳細には触れないけど、平和に見えてもまだ戦後30年足らずという時代。30代以上は全員が戦前・戦中の記憶の中で生きていたのだ。それぞれに複雑な感情があったのは当然だろう。
かと思えば、もうすぐ帰国という12月の寒い日。ローカル色漂うスイスの電車の中で、バッグを両ひざに抱えて静かに座っていたところ、向かいの席で微笑みながらこちらを見つめている一人の老紳士がいた。そのおじいさんが降車する際、なんと「セント・ニコラス(←サンタクロースのこと)から…」と高級チョコレートを箱ごとプレゼントしてくれたのだ。真意がわからずとも、異国の地で受けた温かいやさしさ、ただただうれしかったなァ…。
そんな心理的背景があったことから、世界に2つとない(←と自認している)過去のプログラミング関係の資料や作品類を、価値を感じてくれるゲーム保存協会に譲渡してもよい…という漠然とした未来像を深く考えもせずに語ったことがあった(2023年2月)。
それは、あのときのチョコレートの形を変えた外国人への返礼という意識と、親の仕事の遺物など我が子たちには無用の長物と単純に思ったからであった。ところが、即座にヒダカ・アーカイブスとして残そうという話に発展してしまったのだ。
気持ちはわかるが、どれもこれも自身の想い出として大切に保存してきたもの。しかも、その中にはプライバシーに関わる個人ファイルも多数含まれているのだ。安易に第三者に管理と保存を任せるわけにはいかない…と考えるのは当然のことであろう。
そこで、翌3月のジョゼフさん来訪時に「全ファイルを含めてすべて内容を確認をした上で、面倒でも念書なり覚書を交わしてから慎重に進めたい」という説明をキチンとしたのであった。それを理解し納得してもらったはずなのに、その舌の根も乾かない帰り際に、車から突如として持ち出された大きな運搬ケース…アレレレッ???
首をかしげながらも、ご夫妻に「こうやるものなのです」と声を揃えられると、情けないかな思考回路がビックリ仰天…機能停止になってしまったのだ。朦朧とした感覚のまま、ついには自らの手で棚からディスクの入った箱を取り出し、そのまま残らず手渡してしまったのである。

ハッと我に返ったのは、1週間ほど経過してからのことだった。あわてて一切の複製を中止して返却を依頼した結果、いちおう戻って来るには来たのだが、それが全てかどうかを検証する手立てがなければ、複製をしていないという裏付けも取りようがない。ただ無条件で信頼するだけ…。
でもネ、こういう経緯があっての無条件信頼というのは、客観的に見て成立し難い。そうであるからこそ冷静な状況判断と毅然とした対応ができなかった自分自身が情けなく、どこかに無関係のプライバシーがファイリングされているのでは…という不安を払拭できないでいる。
どうするべきか。解決不能な不安を解消する唯一の策は、それを記憶から消し去ること。ということで、この不覚の日(2023年春)をもってゲーム保存協会から心境として身を引くという決意をしたのであった。名誉会員については、当初からオフィシャルな称号ではないのでどうでもよく、対応を一任したまま現在に至っている。
そもそもが当時のことで興味がある話題があれば協力を惜しまないというスタンスだったが、すでに聞きたいこともなくなったようで、無関係のペット問題へのお誘い的な内容だったり、無理に継続するほどの必然性が薄らいでいた時期でもあった。実際、ディスク返却以降はジョゼフさんからのコンタクトは完全に途絶えているし、きっとそういう転機のタイミングだったのだろう。
いちおう、複製もマイグレーションもしていないという保存メールもあるし、協会に対する怒りや恨みがあるわけでもないので、このまま忘却の彼方へ消え去ってくれることを願うだけ。ゲームを保存するという本来の業務の発展は、無力でも陰ながらソッと祈っていたい。
…という純粋な気持ちがあるにもかかわらず、こうして3年以上の月日が経過した現在でも、ふとした瞬間にプライバシー(←手紙や情報などで不適切な内容ではない)の流出が、将来どこかであるのではないか…という不安に襲わてしまう。そんなこんなで、とにかく早く忘れたい。そう思うたびに、残念ながらまた思い出してしまうのである。