■ ご挨拶:第68回(2015年3月10日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。一昨年に来訪されたジョン・シュチュパニアック氏が執筆した書籍『The Untold History of Japanese Game Developers: Volume 1』が昨年夏に出版されたのは既報の通りですが、ご挨拶集のところでサラリと触れたようにジョンさんにスポットを当てたTV放映があるかも…ということでインタビュー時にビデオ撮影が行われていました。

 実際にどんな番組になるのか、それ以前に放送されるのかどうか、とりあえず「ネタになりそうなものは録画撮りしておく」というのがテレビ業界のスタンスですから、てっきりボツになったものとばかり思っていました。

 ところが、ジョンさんから2月12日の早朝(2:10〜3:10)フジテレビで『クラウドファンディングは夢を叶えるのか?』という番組があり、内容はわからないがオンエアされるというメールが届いたのです。となれば、何はともあれ録画しないわけにはいきません…よネ!

 というわけで、しばらくしてから録画したものを見てみました。そこでは、多くの人がさまざまな夢を叶えようとキックスターターと同様の出資システムを活用していることや、その中での問題点などを客観的に紹介していました。ジョンさん自身の目的や活動風景なども数分に渡って放送されていたのですが…。

 な、なんとジョンさんがインタビューした数十名のゲーム関係者の中から、どういうわけか唯一私が話している映像がほんの10秒ほど流れたのです。ただし音声はなくナレーションで私のことを紹介していただけですが、あれま…とうとう「テレビに出てしまった!」という感じですね。どうせなら自力で出演できればよかったのですが、マァそこそこの記念にはなるでしょう。。。

 ただナレーションで「すでに引退した日高徹さんはドラゴンクエストなどの開発に携わったプログラマー」と紹介されたことにはビックリ仰天〜ガックリ愕然!

 だってドラクエとは微妙に接点はあっても、直接的にはまったくもって無関係。これをドラクエ開発スタッフが見たら不愉快千万に違いないだろうし、自分にとっても「何でこうなるの?」という気分でした。

 世間一般的には、エニックスでプログラムを組んだこと=ドラクエの開発に携わったとなってしまうのかもしれませんが、このあたりはもう少し慎重であってほしかったと…今さら思ったところでどうにもなりません。もっとも、そんな細かいところまで気にして見た方がいたかどうか、それを思うと枝葉末節のどうでもいいこと…でしたネ。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2015.6.17)〜〜〜〜

 おそらく本文を読まれている方(当該書籍の関係者は除く)で、この番組を視聴した方はいないと思われるので、ちょっとだけ雰囲気を伝えておこう。

 そもそも番組全体からすれば、ジョンさん自身も出資者を求める多数の企画者の一人として、活動状況などがほんの数分間放映されただけなのだ。その数分間の中のワンシーンにインタビュー映像があったのだが、当然のことながらジョンさんが精力的に動き回っているところから始まる。

 インタビュー光景や資料を撮影するのは同行しているフランス人のカメラマン。もちろん、この動画を撮影しているのはテレビ番組制作会社のスタッフだが、二度目のインタビュー時にはカメラマンではなくその制作スタッフの方が来宅してインタビュー風景をビデオ撮影した。

 その日は、ジョンさんと通訳、そして番組制作スタッフ二名(←とても楽しいご夫婦)にゲーム保存協会のジョゼフさん(←日本語堪能)…と、映像にはない人的背景があった。

 あの過ぎ去った80年代の日本のゲームを振り返ることは、潔さを国民性とする日本人には発想し難いテーマだが、海外からの視点はまた異なるというところが興味深い。この書籍にしても、日本語版を出しても売れないだろう…と彼ら自身が理解しているのだ。

 しかも、当時の状況を本当によく調べて研究している。私の売れなかったゲームまで内容を知っているのだから、懐かしいと同時に恥ずかしさも込み上げてくるほど…。こんなことなら、もっと真剣にゲームを勉強してから作品化すべきだった…な〜んて今ごろになって気づいたのである。。。


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2026.7.13)〜〜〜〜

 放送があったのは2015年の2月12日のことだから、すでに10年以上が経過したことになる。ジョンさんから最初にメールがあったのは、2013年の夏より少し前のこと。日付けがアバウトなのは、それまでの汎用メールアドレスが内容も含めてすべて消失してしまったためだ。

 いずれにしても、最初のメールから数ケ月後に本当にイギリスからやって来たのだ。1980年代の古い雑誌記事を持参して、もっと著名なゲーム制作者がいるであろうのに、どうして私ごときに興味を抱いたのか…そこのところは今もってよくわからない。

 ただ、書籍もゲームも私個人の想い出品ということで、プリントアウトしたソースリストや資料が全部残してあったので、それについては現存する希少品として驚き喜んでいた。当時のソフトハウスは大半が消滅してしまったから、資料的なものも全く残っていないのだそうだ…ふ〜ん。。。

 そんなことを懐かしく思い出しながら、録画していた映像を「自分に関する部分に限定」して再現してみようと思う。著作権がからむかもしれないけど、こちらも無償で撮影〜放映に協力したのだから、それくらいは甘んじて許されるでしょう…たぶん。

 そうそう、例の「ドラゴンクエスト開発へ携わった件」だけど、ドラクエTのPC88への移植の可能性とか、ドラクエUのセリフ圧縮の電話による相談…という過去の回想話が、たくさんの会話の中で混乱を招いたのかもしれない。

 とはいえ、あのとき『ガンダーラ』でスクロールができていたのに、そのままバンザイ姿で主人公を動かしても…などという理由で移植を断っていなければ、プログラマー人生が別の方向に向かっていたという可能性も「無きにしも非ず」なのだ。そうなれば…な〜んていう夢物語を、ジョンさんの録画映像を見ながら空想したのであった。