本日のご来場、まことにありがとうございます。先日、あのジョン・シュチュパニアック氏から昨年のインタビュー録画をまとめたDVDが届きました。日本では誰も見向きもしない化石のような瞬間の文化を、こうして本気で姿かたちのある記録物にしてしまうとは・・・それが英国人の手によるものであるだけに、驚きとともに改めて敬服してしまいます。
書籍のほうは、予定よりボリュームが大きくなったということで上・中・下巻に分けて早ければ来月(6月)ころには出版の運びになるとか・・・。なぜ日本語もほとんど理解できない彼に、そこまでの情熱とエネルギーがあるのか、そちらのほうが記録にする価値がありそうな気がします。いずれにしても、どのような形で姿を見せるのか非常に興味津々なのであります。
確かに、1980年代というのは単にパソコンの黎明期というだけでなく、ゲームを取り巻く環境に面白いほどの勢いと発展があった時代です。関連する雑誌や単行本も続々と刊行され、振り返ればまるで「時代のあだ花」のように咲き誇っていました。ここまで華やいでいたのは、彼によると日本だけの現象なのだそうです。
もしかすると、そこには浮世絵的な日本らしさがあるのかもしれません。よくも悪くも熱しやすく冷めやすい、そしてお祭り好きな日本人ならではの盛り上がり。その後のパソコンゲームの衰退はまさしく祭りの後の静けさといったところでしょう。
ところで、DVDを見て個人的に最も時代を感じたことといえば、年齢を感じさせる自分自身の顔でした。いつも学生時代のころと同じようなイメージで行動をしていたので、顔が年老いているなんてまったく気づいていませんでした。ア〜、何ということでしょう。こんな形で自分のことを再認識するなんて・・・ガックシ!
意識しようとせざるをと、時は絶え間なく流れているのですね。すでに30年近い年月が経っているのです。そういえば、何気に保存している過去の作品のプログラムリストですが、彼によればほとんど現存するものがないそうです。なので、私の作品(ガンダーラやホーンテッドケイブ等々)のマシン語リストがプリントアウトした状態で残っているのを見て、まるで「ピラミッドで宝物を発見したような気分」と喜んでいました。よくわかりませんが本当にそんなものなのでしょうか???
当時の大半のソフトハウスが消滅した現在、企業として開発していたプログラムリストが廃棄されてしまったのは理解できますが、個人として制作に加わっていた場合は残っているような気がしないでもないのですが、現実には保管場所に困るだけですからねェ。
でも、マァこれは私にとっては単なる想い出の記念品。それ以上でも以下でもないところが、所有者というものでしょう。今年になって久々にコンタクトが取れた芸夢狂人の鈴木さん、聞き忘れてしまいましたが『ジーザス』のリストなんかはどうしていますか?