■ ご挨拶:第62回(2012年11月25日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。ひんやりとした秋風が吹いて…走りやすい季節となったこともあるのでしょう。このところトレーニングをする日が少し増えてきました。いくら「ご自愛の年」にしようとしても、自分を甘やかしていることに耐えられない自分がいるのです。

 去年は距離を伸ばすことに専心していましたが、今年は距離は6kmと決めているので、目指すとなれば当然タイム…。というわけで、片道1.5kmを2往復。それなりに全力で走っています。今年のこれまでのベスト記録は27分23秒。1500mをほぼ6分50秒で走っていることになるのですが、遅いといえば遅いし胸を張れるほどのものではありません。

 でもネ…。私は、あまり他人と比較することに興味はないのですヨ。そんなことをすれば世界一になるまで満足できなくなってしまうし、いつもいろいろなことにチャレンジしていたいから、比較の相手はいつだって過去の自分…。

 昨日の自分、去年の自分、全盛期の自分、生きてきた全期間の自分…とターゲトは気まぐれで適当に変わりますが、このいい加減さこそが最大の魅力なのです。誰に相談することもなく、何の制約も受けず、思いつきや語呂合わせで目標はフラフラと右往左往…。それでいて、そこには常に自分自身による過去のレコードがあるのです。過去にできたこと、できなかったこと、あるいは未だトライしたことのないこと、いずれにしても過去の自分にだけは負けられないッ!

 こうなると、自分というよりもはや都合のいい他人といったほうが正解かもしれません。去年の走行距離(4,326km)なんて二度と相手にしようという気にはならないけれど、少なくともは去年は最大のライバルとして存在していたのです。年が明けただけで、平気で「二度と相手にしない」なんて黙殺できるのも、過去の自分であればこそ。何の遠慮も気兼ねも不要なのです。

 もっとも、この6kmという距離は消費時間も適度で、そこはかとなく来年も「去年のタイムに負けてはならじ」と頑張っている自分の姿を彷彿させるような…便利な友人となりそうな気がしてなりません。果たして、来年の自分はいったいどんな心理になっているでしょうか?



〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2013.8.3)〜〜〜〜

 私にとってトレーニングは趣味を通り越して人生の一部のような存在だが、小学生のころは身体の線も細く虚弱なイメージであった。父親に言わせると「影が薄くそのうちフェードアウトするように死んでしまうのではないか?」と心配したそうだ。

 ところが、小学5年の夏休みのある日のこと、家の裏庭に一匹の小さな犬が迷い込んできたことをキッカケにして、人生の一部となるトレーニングがスタートすることになったのだ。偶然にも、その事実を記録した4歳年下の妹(1960年当時小学1年生)の絵日記を発見した。

 日付を見ると8月26日。その日から両親を必死になって説得し、ようやく「雨の日も風の日も雪の日も…朝夕には必ず犬の散歩をする」ということを条件に、その迷い犬の飼育を許可してもらったのであった。許可が出るまでに3日。背景には、これで虚弱な私が健康体になれるかも…という親の淡い期待もあったようだ。

 こうして首輪を付けられたチビと共に、私は毎日走るようになったのである。残念ながら、子犬と思っていたチビは小さな老犬だったらしく1年ほどで死んでしまった。それでも新たに血統書付きの柴犬を買ってもらい、そのまま走り続けたのであった。

 その柴犬(←ウテナという化粧品のような名前)も、これまた高一の秋にフィラリアにかかって死んでしまう。だが、夕方になると同じコースを一人で走るのが習慣となっていた。1.5kmほどの短い距離だったが、知らず知らずのうちに心肺機能が強化されたみたい…だ。

 といっても、クラスではいつも二番手という存在。もしかすると、トップでなかったことがその後も気楽に半世紀以上も継続する要因となったのかもしれない。ということで、64歳になった今日も気楽に≪…という割にはヨレヨレになるまで頑張ってしまうが…≫走ってこようっと!


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2026.7.13)〜〜〜〜

 走るほうのキッカケは犬の散歩だったが、これだけでは現在のトレーニングにそのまま結びつかない。そう、走る前にする筋力トレーニングにも何かしらキッカケがあるはず…と思ったら、やっぱりあった。

 それはアントニオ猪木への傾倒や、永遠の目標である「いつかはなりたい全盛期のミル・マスカラスの体型」という憧れから発生したものではない。この二人に着目するようになったのは、浪人生活を終えて大学に入ってからのこと。時期的には、それよりず〜っと以前…まだ筋肉など意識の中になかったころの時代だ。

 たぶん小学校低学年のころだったと思うが、父親がバーベルと称する重量物をどこからか入手してきた。それは、確かに重量挙げのバーベルと基本的な形状は似ていたが、トロッコの車輪を鉄棒でつないでペンキを塗ったような…本物の香りのしない代物だった。

 男は本能的に身体を鍛えようとする動物(←そうでない人も当然いる)なので、父親も遊びがてらにそのバーベルでベンチプレスをしていた。といっても、たかが15kgを数度持ち上げて、それすらもできない子供に自慢をしていただけ。とても、筋トレというレベルではなかった。

 そんなわけで、しばらくするとバーベルはトイレ(←もちろん和式のぽっとんトイレ)へ続く廊下の隅に放置されたままになった。その結果、用を足すたびにバーベルが目に入る。ついには柔軟体操のつもりで手を伸ばし、その流れで持ち上げてみようという気になったのだ。

 これを筋トレと称してよいかどうかは別にして、いつしかカールを何回とかリフトアップを何回というように、何も考えずにトイレ帰りのルーチンとしていた…というのが、現在へ続く筋トレの原点なのである。

 …で、その偽物っぽいバーベルはその後どうなったかというと、壊れることもなく、引っ越しの際に捨てられることもなく、今でもミニ体育館の片隅にチョコンと置かれている。

 それにしても、こんな形をしたバーベルは他で見たことがない。鉄のバーは平凡でどこにでもありそうだがが、いったいこの車輪らしきリングは何なのだろう。もはや永遠のナゾである…。