■ ご挨拶:第55回(2010年7月18日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。相変わらずノンビリしたペースでしか更新されない当HPですが、半年も放置していると少しは罪悪感というものを感じてくるから不思議です。気分的には、走らない日が何日も続いたときの感覚に近いものがあります。

 走る…といえば、今年は月間の走行距離目標を最低100kmとしていたのですが、5月になって突如としてこれまでの記録(昨年12月の213km)を破ろうという気になったのです。途中からの思いつきでしたが、頑張って5月は231kmを走りました。

 こうなると…当然のように月始めからチャレンジしてみたくなりますよネ。といっても、いろいろと雑用に追われたり雨が降ったり…と、必ずしも毎日走れるわけではありません。つまり、トータルの距離を伸ばすには1回の距離を伸ばすしかないのです。

 というわけで、次の6月は毎回18〜24kmを走ったのでした。トータル距離は17回で360km。5日連続で計105kmを走破したこともありました。スピードは時速10km程度なので、足は特に痛くならないのですが、指の爪が3本ほど生爪となって取れてしまいました。いわゆる勲章ですネ。とりあえず、これで当面は新記録にチャレンジしようという気にはならないでしょう。

 そういえば、バク転の顛末も気になるかもしれませんが、これについてはHP内のどこかで触れることにして、ここでは別の情報をお伝えしておきます。といっても大したことではないのですが、実は私はバタフライ(水泳)ができないのです。男の泳ぎといえば、やっぱりバタフライでしょう…ということで、駅前のプールのあるスポーツジムに通うことにしました。

 いろいろな情報を集めた結果、すでに頭の中では完成形がイメージされています。スピード社の水着も用意したし、すぐにでもバッシャバッシャと泳げそうな気分なのですが、20年近く泳いでいないことが気がかりです。いったいどうなるのか、またしても見えない未来にワクワクしている今日このごろです。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2010.12.31)〜〜〜〜

 目標…というのは、達成する可能性があってこそ成立するものだけど、実はここで目標としていた月間100kmの走行距離は、この時点ですでに達成不能な状況にあったのだ。というのは、2月は93kmしか走っていなかったからだ。

 私の場合、ほとんどの目標は理路整然とした根拠や大義名分があるわけではなく、だいたいがその場の思いつき。なのに、その後はそんな目標に縛られてしまうため、周囲からは「ご苦労なこと」と冷ややかな視線で見られることが多い。

 それでも、2010年はトータルで1815kmを走破した。こうなると来年は…なんて軽々に思いつかないようにしている。もちろん、走ることは生活の一部となっているけど、できそうな気がしていたバク宙のほうも何とかしたいからだ。そんな願いを込めて、12/4におよそ半年ぶりに挑戦したところ、予想どおりに頭から落下してしまった。

 練習場…といっても応接間に厚めのマットレスとフトンを敷いただけだが、高さを合わせるためにソファーに乗ってジャンプをしている。その分天井が近くなり、なかなか思い切ったジャンプをすることができなくなるのだ。

 マ、やらなければ永遠にできないし、やってもなかなかできない。このジレンマに耐えながら、完成の日を夢見ていること自体が楽しいわけだから、失敗もまた有意義なプロセス。とはいえ、いったいいつになったらカッコよくできるようになるのだろう???


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2025.10.17)〜〜〜〜

 無残に失敗したバク宙から、早くも15年の月日が流れてしまった。本来であれば、練習を重ねて見事な宙返りができていなければならないのだが、大方の予想通り…そうはなっていない。それもそのはず、次々と浮かぶ新規の目標が多すぎて物理的に対応しきれないのだ。

 瞬間的には、いつも本気モードで情熱いっぱいに取り組んでいるんだけど、たぶん本性が生まれながらのクリエイターなんだろうネ。能力として何かを開花させるより、存在として残るものへの探求心のほうが強いみたい。しかも、これまた思いつくものが多く中々完成に至らない。なのに、趣味でもある「うたた寝」が大好きとくれば、先送りだらけになるのは自明の理といえよう。

 ということで、見苦しい言い訳はオシマイ。それよりも、あの日の失敗バク宙を振り返れば、もしかすると次なる練習へのエネルギー源となるかもしれない…かナ?

 この直前にも2度の失敗バク宙があるのだが、これが一番強烈に痛かった…ので、これを最後に練習はしていない(←ように思う)。とはいえ、ミニ体育館で跳び箱の上からチャレンジするという発想が芽生えたので、いつの日かの楽しみとしておこう。

 ちなみに、私にとって人生とは「いかにバカなことをして楽しめるか」なのだが、それが主流派でないことくらいは重々承知をしている。マァ、そんな親を見て育った子供は、自然に賢明で堅実な方向に進んで自立するんだろうネ。そんな予想に違わず、決して似たようなマネはしない。