1500m走のタイムで、改めて知らされる「時の流れの無情さヨ」という感じだけど、要は「走り込み不足」が最大の要因。1日24時間で1年365日という定めの中で、トレーニングに配分できる時間が少なくなれば、タイムが遅くなるのは自明の理…ということだ。ただただ情けない…。
実は、この前年(2003年)から田舎(栃木県)にある実家の管理をすることになったのだが、そこは雑草に覆われて足を踏み入れることもできない荒れた状態だった。ウワ〜ッ!

名も知らぬ雑草に覆われて広大そうだが、広さはたかだか450坪程度。平和な江戸時代は、武士としての仕事よりも小さな畑で自給自足の暮らしが主体だった…ようだ。
そんなことを考えながら、とりあえず古い記憶を頼りに地目上は畑となっている入口付近まで草を刈る。目の前には、身長を超える草木のジャングルが広がっているけど、こんなときこそ「迷わず行けよ!」の精神だ。
どれほどの時間と労力が必要なのか…なんて考えもしない。そんなヒマがあれば、手を動かして草を刈る。考えなくたって、な〜に行けばわかるさ。

当初は、電動の草刈り機でスイスイ進めるかと思っていたのだが、ここまで育つと草木も強い。刈れずに機械が止まったり、刃にツルがからまったり…で、後半は大きな手鎌やスコップでの作業が多くなった。
しかも、当時は寝泊りができる状況ではなかったので、別の基地から毎日通っていたのだ。大変といえば大変なのだが、荒れ地の変化を見るのが逆に面白かった。性格的にも、のめり込むタイプなので、たとえ雨が降っても円錐形の竹笠をかぶって作業をしていたほど…。
こうして半年近くコツコツと汗を流した結果、本来のきれいな地表が顔を出した。その対価として失ったものが、すなわちトレーニングに向けていた時間だったのである。

確かこのころだったと思う、近所のおじいさんがあまりの変化に驚いて「只者ではない!」と声をかけてきたのは…。
「イヤ、拙者決して怪しいものではござらぬ!」
「ウ〜ム…」
そんな懐かしい会話も、すでに20年前の想い出話。どんどんと時は流れているのだ。ちなみに、こうして頑張ってきれいにした畑地も、翌年の夏には再び雑草ジャングルとなってしまう…ということは、この時点ではまったく知らないことであった。
そして、そこから畑地との本格的な闘いがスタートしたのである。幼少時から存在していた畑への入口。これをどのようにして後世に残せばよいのだろう…?