■ ご挨拶:第35回(2003年10月7日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。本来、ノンビリ屋の新日本プログラミングなのですが、ここ数回は異常(←世間的には正常?)なほどのハイペースで更新を続けてきました。

 そろそろ更新疲れが出そうかな…と思っていたところ、やっぱり出たのであります。前回から、なんと1ヶ月以上も間が開いてしまいました。おそらく、こういう雰囲気は読む側にも微妙に伝わっていることでしょう。これを称してマンネリというのかもしれません。

 とはいえ、すべてをリニューアルするのは現実的に不可能です。そこで、せめてもの対策として少しばかりのイメージチェンジを試みてみました。もちろん、こんなことでマンネリから脱却できるとも、あるいは更新疲れを隠せるとも思いませんが、心意気の一端が伝わればうれしいなァ…と期待する次第であります。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2022.10.6)〜〜〜〜

 新しいネタもないのに「ご挨拶」の更新だけをしていたとは思えないけど、文末にある「心意気の一端」というのは、要するに背景イメージを変更したということ…のようだ。改めて昔の自分に「つまらないことを書くなヨ!」と言いたい。ア〜、気恥ずかしい。

 そんな恥ずかしい過去はサラリと流し、もっと立派な過去に触れておこう。もちろん、平凡な自分のことではない。実は、実家の敷地内には「お離れ」と呼ばれた別棟があるのだ。

 あえて「お」を付けていたからには、建設時は相応に立派だったはず…と思うのだ。実際、軒裏などの目立たない部分でも、かなり手の込んだ造りになっている。

 建てたのは、明治時代に養蚕業で羽振りがよかった曽祖父(ひいおじいさん)。現状がトタン屋根ということは、おそらく昭和になってから部分リフォームをしたのだろう。戦後になってからはあまり活用されることもなく、昭和55年(1975年)の祖母の葬儀が最後だった。

 調べたところ雨漏りはしていなかったが、家というのは使わないとダメになるもの。特に基礎部分の劣化がひどく、シロアリ被害の痕跡もある。このまま放置すれば、遠からず倒壊という災難に襲われることになってしまいそう…。

 室内は、物置同様に古いタンスやガラクタがいっぱい。大半は私が母屋を改築する際に移動したものだが、それらを含めて管理をするのが私の務めとなれば、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。

 ということで、まずは室内のガラクタ類を全部撤去する。タンスなどの大物は、先に完成させた井戸脇の小屋に丁寧に磨いてから移動した。

 古い書籍や古文書などは、これまた1つひとつチェックして種類別に分けてしまう。額に入った書画は、その価値がわからなくても埃を落として母屋に飾る。とにかく、ゴミ以外はすべて捨てずに保管をするのが基本方針だ。

 これはご先祖に対する礼儀でもあるのだが、すべからく「捨てるのはいつでもできるが、捨てたものは二度と戻らない」という自分自身のポリシーでもある。この断捨離の時代に、それがよいかどうかはわからないけど…。

 こうして、それなりに時間はかかったけど、室内はカラッポになった。古い襖(ふすま)は、悩んだ末に襖絵だけを切り取って保存することにした。たとえ美術的価値はどうあろうとも、これも明治の空気を含んだ貴重品。それに、こうすることで会ったことのない曾祖父と時空を超えて意思疎通をしているような気がするのだ。

 ところで、なぜに「こんなことをしているのか?」という疑問を持った方もいるかもしれない。それは当然、これから自力でこの「お離れ」をコツコツと解体しようというのですヨ!

 さすがにDIY感覚で改築しようとは思わないが、トンカチと釘抜き、それにノコギリとペンチさえあれば解体くらいはできる。常識的には業者に頼むほうが楽だけど、そこが貧民のつらいところ。費用面だけでなく、すべての廃材を資源として再利用したいという思いがあるのだ。

 マ、普通の人はそういうことはあまり考えないらしいんだけど、数年前に解体した母屋に比べれば半分以下のサイズ。1年くらいかければ何とかなるだろう。そんな楽観的な予想で、壁を剥がし始めたのであった。時に、2020年8月15日のことである…。


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2025.5.22)〜〜〜〜

 ボロボロだったお離れを憧れのミニ体育館とした…となれば、これまた憧れだった跳び箱が欲しくなるのは当然の成り行きだろう。

 そもそもの計画では、高鉄棒と本格的なトランポリン施設を用意したかったのだが、木造建築物における高さ制限、大型器具によるスペースの専有、さらには敷地面積に建築費用の高騰…と難題が山積してしまったのだ。その結果が、こうして跳び箱に向かったのかもしれない。

 そういった大人の事情を考慮しつつ、まずは跳び箱についていろいろと調査をした。すると、一口に跳び箱といっても、幼児用〜小学生用〜中高生用〜高校一般用と種類があり、それぞれに高さや奥行きが異なることが判明したのだ。もちろん価格も相応に異なるし…どうしよう?

 当初は、無条件で高校一般用を考えていた。でも、ロイター板やらマットなど何かと出費が膨らむ上に、跳び箱本体も想像以上に高額なのだ。年齢的にいつまで本気で遊べるのか、しばしの熟慮と沈思黙考の末に、中高生用の8段で我慢することとなったのだが…。

 脳内イメージと違って8段がまるで跳べない…ガ〜ン!!

 先端に手をついて楽々超えられるはず…なのにそれができないのだ。よくよく考えれば、そんな理屈は小学生のころに学んだおぼろげな体験談。そして、ここにいるのは75歳の老人。しかも中学生以降は体育の授業で跳び箱をした記憶すらないのだ。

 ということで、1段ずつ減らして簡単に跳べる3段からの試技となったのであった。どんな事情があるにせよ、ホント情けない…と思いつつも4段に成功!

 こうなれば、徐々に1段ずつ上げて…と5段もアッサリと成功。もちろん、すべてが順調というわけではなく、失敗を重ねながら成長していったのである。

 そして、どうにかこうにか6段を跳び越えられるようになったところで、もう一息の7段へと挑戦してみたのだ。ところが、これまたアッサリとクリアできてしまったのだから、アラ不思議。こんな展開では面白過ぎるではないかと…ニンマリしてしまいそう。

 実は、7段がうまく跳べたのはこの日の二度だけ。この直後から長いスランプ状態に陥ってしまうことになったのだ。それでも、先日一発勝負で跳べたのを契機に、ついにフルセットの8段に本体を重ねてみたのだが…これ以上の報告は控えておこう。

 というのは、気分的には「跳びたくもあるし跳びたくなくもある」というユラユラと複雑な心境だからだ。だって、これ以上の段がない高価な道具を、当たり前のように跳べてしまったらオシマイでしょ。それよりも、跳びたいという思いを夢に持ち続けられるほうが幸せなのでは…な〜んて、感情の動物の行動心理は何かと難しい…。