■ ご挨拶:第13回(1999年1月26日)■

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 本日のご来場、まことにありがとうございます。このところ、せっせせっせとホームページの更新に努めています。いったい何のために日夜こんなことをしているのかという自問をしながら、ただただ更新することで不安を打ち消しているのかもしれません。

 マ、いずれは行き詰まるような気がしていますが、そうなるまでにできるだけ拡張しておきたいのでしょう。何だか、やけに冷静な雰囲気が漂っていますね。このあたりが、現在の新日プロの内情を如実に物語っていそうです。とりあえず、新しい企画「RPG秘伝の書」が世間に認知されるまで、もう少し前進しなければなりません。

 新日本プログラミングが、あえてオリジナルRPG『おたすけ忍風伝』を開発したのは、RPGの基本ロジックをマスターしてもらうためです。ぜひ、ワールドワイドな自己表現の手段として、ゲーム制作という知的な創作活動の世界を楽しんでください。


〜〜〜〜 ちょっと一言ご挨拶(2020.2.2)〜〜〜〜

 この「ほぼ20年前のご挨拶」から遡ること15年。1984年の春…正確な月日は覚えていないが、ごく一部の人たちの中のこれまた一部の人たちだけが存在を知っている、幻に近い迷作品『ホーンテッドケイブ』が発売されている。

 1980年暮れにカー用品メーカーである「カーメイト」に強引に入社し、1983年2月に運命の神に導かれるようにパソコンに巡り合ったのが、プログラミングへの初めの一歩。そこから先は時の流れに身を任せ、ひたすら溺れないように全力でもがいていただけだった。

 とはいえ、すべての一連の流れはいろいろな力が微妙に複雑に作用しての結果。決して独力で切り開いたものではない。パソコンが黎明期だったという時代的背景、カーメイトにパソコンに精通したエレクトロニクス技術者がいたこと、その技術室へ頻繁に出入りする用事があったこと、そして何より当時の村田社長の想像を超えた発想と決断力のスゴさ!

 …とマァ、すべてはカーメイトのお陰なんだけど、ここで触れるのはパソコンやプログラミングとの出会いに関することではない。当時、カーメイトには社内着として技術職にはグレー、営業などそれ以外の職には赤いジャケットが支給されていた…というお話。

 これは商社勤務時代にはなかったことで、最初に感じたメーカーとしての特色だった。もちろん外出時には着替えるんだけど、社内でのリラックス感が結構お気に入りだった。

 この写真は1984年の5月14日のもの。いわゆる社内風景の記録の一環だったと思う。画像右手に見えるPC-8801用のディスプレイには、蛍光灯の反射防止として内側に黒い紙を貼った自作のカバーがあるが、これは研究と称してゲームで遊んでいるのを隠したかったから…というのが実のところは小さな本音。何しろ、ゲーム制作はたった一人の異端な職務だったからネ。

 時期的には、製品となった『ホーンテッドケイブ』の売れ行きが期待したほどではなく、この先どうするかを自分なりに模索しながら、PC-8801の内部ルーチンなどの構造を調べていたころだ。会社としても、スンナリと次の作品へ…とは決断しかねていたのだ。

 で、実はこの赤いジャケット…正確には薄手のジャージかジャンパーというイメージなのだが、これが自動車部員が3年になって着用を許されるジャンパーと酷似していた。

 自動車部のほうは、基本形がエンジ系の赤ジャンというだけで材質は世代ごとに異なっている。これが「同じ縫製業者」かと思えるほど似ていたというのは、偶然というより縁を感じてしまう。特に襟の素材と感触はうれしいほどソックリだったのだ。

 そんな赤ジャンの写真に、まるで「ひょっこりはん」のように横に写り込んでいるのは、走ることでの唯一無二の永遠のライバル…高橋知広クンだ。冬の館山合宿で1年下の彼は、2年生用の赤いトレーナーの上は定番のツナギだ。

 有名な砂山への登頂ダッシュでも競い合ったライバルなのに、最近は夢の中で競うこともついぞなくなってしまった。単に自分の走力が衰えたせいだろうか。それとも?…などと、いろいろな想いが脳裏を交錯するけど、どうにもこうにも捜す術すら見つからない。最後の望みは、やっぱり『探偵ナイトスクープ』かなァ?

 そんな思い出深い赤いジャケットなのだが、カーメイトのほうは社員への貸与品ということで、残念ながら退職時に返却となった。おそらくは洗濯して、後輩の誰かが着ることになるのだろう。

 では、45年以上前に着ていた自動車部のほうは…というと、なんとこれがまだ自室のハンガーに掛けてあるのですヨ。しかも2年生時から着用の赤いトレーナーと一緒に…。


〜〜〜〜 さらに一言ご挨拶(2025.5.22)〜〜〜〜

 前回(第12回)の「さらに一言ご挨拶」では、存在している壁面の活用だったが、壁があれば当然のことながら壁を構成している素材がある。一般的な現代家屋において、そのほとんどは室内側は石膏ボード、外壁は窯業系サイディングというのが相場だ。

 すなわち、壁を建造すれば応分の端材が出るということ。石膏ボードのほうは、活用先が見当たらないので普通に処分してもらったが、窯業系サイディングは木材繊維とセメントを固めた板のようなものなのだ。どこかで流用先があるかもしれない…ということで、とりあえずは全部もらうことにした。先のことは、先になって考えればよい。

 もちろん、実際に使う当てがあるわけではないので当面は単に「取って置く」だけ。そんな折、全く関係のないところである問題に悩まされていた。それは…放置しておくと縦横無尽に伸びてしまう竹林から土中に伸びている竹の根っこだ。

 いちおう竹林と畑の間には通路を設けているが、竹の根っこは通路の存在など気にしない。地下をもぐって畑にまでやって来るし、そうなれば畑だけでなく通路からでも平気でタケノコとして地上に顔を出す。これまでは、それを発見し次第スコップで処理をしていたが、このままでは根っこが伸びるばかり…だ。

 ということで、思いついたのが強度のある例のサイディングの端材だった。これを通路に沿って埋めてしまえば根っこへの防御壁になるというわけ。およそ60cmほどの穴を掘り、竹林の周囲を覆うように土中に壁を造ろうというのだ。

 もちろんスコップで一掘りずつなので時間はかかる。竹の根っこに出くわせば、それをノコギリで切らなければならない。でも、これも筋トレの一環だと思えば少しも苦痛ではない。やがては、その一掘りが『全盛期のミル・マスカラスの体型』につながるかもしれないのだ…な〜んて気晴らしに考えながら黙々と作業を進める。

 こうして廃棄処分せずに譲り受けたサイディング端材を、余すことなく使い切ったところで、竹の根っこ対策用の土中壁は完成した。よもや新たな根っこが固いサイディングを突き破ることはないと思うけど、そのときはそのときで更なる知恵を出すしかない。未知との闘いは、いつもそんな出たとこ勝負が続く…。