売るものがなければ営業はできない。しかし、売るものがあっても、それを買ってもらえるとは限らない。売るほうが人間なら、買うほうも人間だからだ。
これは、いわゆる営業職を経験すればすぐにわかること。担当者の性格や考え方、あるいは会社の方針などが複雑にからんで、こちらの思惑どおりにコトが運ぶことはメッタにない。でも、ダメならダメでうまく行くところを見つければいいのだ。営業の基本は新たな「出会い」を求めることなのだから。
しかし、まったくゼロからの出会いというのは、キッカケを作るのも大変だし効率もよくない。そこで役に立つのが、人と人との輪、つまり人脈である。コネと似ているが、コネには「利益を受けよう」という依頼心が含まれるので、人脈とは根本的に違う。依頼する側と依頼される側があれば、そこには謝礼という不透明な債務が生じるし、その延長線上にはワイロや袖の下がある。
ビジネスとは、相互にオープンな利益をもたらすものであり、闇取引や裏取引ではない。すなわち、こちらにとっての人脈は相手にとっての人脈でもあるのだ。
とはいえ、現実には「モノを売る」のが営業であり、どうしても買う側の立場が強くなる。ややもすると、名刺を投げ捨てるように渡すなど、売る側を見下した態度を取りがちだ。もちろん、そこで怒ればそれまでのことだが、そういう人物はしょせんその場限りの交渉相手。こちらにメリットを与えようという意識がないのだから、どうやっても人間としてのつながりなど生まれない。
売る側はモノを提供し、買う側はお金を提供する。これを継続するためには、お金がグルグル回らなければならない。買うばかりの商売がないように、売るばかりの商売もないのだ。だからこそ、ビジネスには人と人とのつながりが重視される。それを忘れると、立場が逆転したときに相手にしてもらえない。今日の営業、明日の客…というわけである。
★モノ★
売る「モノ」というと、どうしても有形のものを思い浮かべてしまいがちだが、実際にはサービスやノウハウ、情報、データ…というように、形を伴わない、あるいは引き渡すための仮の姿をしたモノのほうが圧倒的に多い。例えば、今では音楽のダウンロードなど当たり前だが、レコード、テープ、CDなどにも音楽は姿を変える。このような提供手段としてのモノをメディア(媒体)というが、オカルト的に表現すれば憑依されるモノのこと。われわれは、無意識のうちに憑依現象を楽しんでいたわけである。
商品としての形状はどうあれ、お金を出す側、受け取る側が基本的に同格なのがビジネス。これが崩れると、相互に不信感が芽生えてギクシャクした世の中になる。お金を出したんだから偉いという考えには商品価値の認識が欠落しているし、逆に「金儲けをしてどこが悪い」という発想からは真のビジネスは生まれない。不定形のソフトウェア商品が多い時代だからこそ、人間性が問われているのである。