◆屈辱のバーニング・スピリッツ

パソコンを買うと当然のごとくデモソフトが付いてくるが、これはいったい何のためにあるのか? パソコンの能力の一端(決して限界ではない)を示していることは理解できるが、デモとして見せる以上は絵に描いたモチであってはならないはず。パソコンは「創造の機器」なのだ。たとえそれがマシン語であっても、制作方法を明示できなけりゃ誇大広告、いや誇大デモになってしまう。

マ、イメージデモという逃げ口上もあるけど、単に「ソフトは作らずに買うもの」というイメージじゃ困るよネ。このままじゃ、パ界はますますゲ界に汚染されてしまいそう。目覚めよ、ゲ界のユーザーたち、叩け新日プロの門を……!!


注:
連載当時(1990年ころ)のパソコンは、現在のように種々の市販ソフトがバンドルされておらず、本体の能力を誇示するデモンストレーションソフトが付いていた。当然、本体を購入しただけでは何もすることができず、用途に応じて各自がソフトウェアを入手しなければならなかった。だからこそ、自分でプログラムを組むという世界が光り輝いていたのかもしれない……。
さて、右も左もわからぬ佐々木武蔵は、市販のゲームソフトをいくつか買い求め、研究と称しては悠々とプレイしていた。それが周囲にどう映ったか、そんなこたァ知らない。武蔵には、まずゲームを知ることが必要だったのだ。

その結果、わかったことはパッケージに「マシン語」と書いてあるほうが「BASIC」と書いてあるものより面白いということだった。ならば、マシン語をやるしかない。しかし、BASICのほうはマニュアルにもあるが、マシン語とは何なのか、どうにもサッパリわからないではないか。

そこで、武蔵はBASICでマシン語と同じことをやろうとした。つまり、画面上のモノを動かすという作業だ。試行錯誤の末、武蔵は2ヶ月後に目玉を動かしたり、口をパクパクして問題を出す「ドラえもん」を完成させた。最新広告(←1990年当時の)コピー風にいうなら「全シーンアニメーション」だ!? 大型のグラフィックスは、方眼紙にコンパスと定規を使って作成し、苦労して座標を求めたもの。だが……。

それが、武蔵最後のBASICプログラムとなった。あくる日、武蔵は「マシン語をやります」と社長に告げていた。驚いたのは社長のほう。素人にそんなもんを始められたら、終わりが見えない。すでに技術部のスタッフから「頑張れば、BASIC程度はできるかもしれない」という厳しい情報が社長の耳に入っていたのだ。

後日、改めて技術部のスタッフを含めて昼食会がもたれた。社長が「佐々木クンがマシン語をやりたいと言っているがどんなもんだろうか?」と不安げに切り出した。

「彼は文科系でしょ。しかも、卒業後10年以上もたった……」
「頭の柔軟な学生のうちならともかく、30過ぎじゃねェ」
「できるワケないですよ。時間と給料の無駄!」
「われわれだって苦労して覚えたんだ。営業の合間にできるようなもんじゃない」
「そんなに簡単なら、みんなやってますヨ」
「やめるなら今のうち、今やめても恥ずかしいことではない!」

武蔵は、屈辱に耐えながら黙って食事をするしかなかった。本当にできないことかもしれない。しかし、自分の目で確認したわけではない。自分にさえわからない未知の能力を、どうして他人がわかるのか……。

結局、武蔵が自分の口から「できません!」と言うまで待つ、というのがその日の結論だった。たとえ屈辱的な結論でも、それに反論するだけの自信も知識もないのが武蔵はくやしかった。

だが、その屈辱が武蔵のバーニング・スピリッツ(燃える闘魂)に点火させたとは、武蔵以外の人間には知る由もなかった……。